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シヴァージー : ミニ英和和英辞書
シヴァージー[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

シヴァージー : ウィキペディア日本語版
シヴァージー[ちょうおん]

シヴァージー・ボーンスレーマラーティー語:छत्रपती भोसले, 英語:Shivaji Bhonsle、1627年4月6日 - 1680年4月3日)は、マラーターの指導者にして、マラーター王国の創始者でその初代の王(在位:1674年 - 1680年)。
シヴァージーはビジャープル王国ゴールコンダ王国、さらにはムガル帝国といったイスラーム王朝に対抗しようとして、デカンにヒンドゥー王朝を復興し、その結束を試みた。
==生涯==

===幼少期===

1627年4月6日、シヴァージーはアフマドナガル王国マラーター軍人であるシャハージーの息子として、デカンシヴネーリーで生まれた〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.203〕。
当時、デカンのアフマドナガル王国はムガル帝国の圧力にさらされ、1633年6月にはムガル帝国は王国の首都ダウラターバードを落としたが、シャハージーは幼王ムルタザー・ニザーム・シャー3世を擁して抵抗を続けた。しかし、その抵抗もむなしく、1636年2月にシャハージーはムガル帝国の軍に敗れ、ムルタザー・ニザーム・シャー3世は捕えられ、ダウラターバードへと送還された。
その後、シャハージーはアフマドナガル王国を支援していたビジャープル王国へと亡命し、プネーとその近郊マーヴァルに領土を与えられ、首都ビジャープルの宮廷に出仕することとなった〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.203〕。そのため、シヴァージーは幼少期、母のジジャー・バーイーに養育されて育つこととなった。
母ジジャー・バーイーは学識のある教育者で、シヴァージーにヒンドゥー教の二大叙事詩マハーバーラタラーマーヤナを教え、のちのシヴァージーに大きな影響を与えたといわれる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「シヴァージー」の詳細全文を読む




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