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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana) ・ ギブ : [ぎぶ] (n,vs) give, (n,vs) give
ジェームズ・ジェローム・ギブソン(James Jerome Gibson、1904年1月27日 - 1979年12月11日)はアメリカ合衆国の心理学者〔。知覚研究を専門とし、認知心理学とは一線を画した直接知覚説を展開。アフォーダンスの概念を提唱して生態心理学の領域を切り拓いたことで知られる。ゲシュタルト心理学とプラグマティズムの思想から大きな影響を受けた〔。ギブソンの思想を受け継ぐ心理学者を「ギブソニアン」と呼ぶことがある〔。なお、妻のエレノア・ギブソンも心理学者。 == 生涯 == オハイオ州に生まれる〔。ノースウェスタン大学を経て、プリンストン大学を卒業。プリンストン大学では心理学を専攻し、大学院を修了する〔。プリンストン大学ではゲシュタルト心理学を学んだ者やプラグマティズムのウィリアム・ジェームズの弟子に出会い、ゲシュタルト心理学に強い影響を受ける〔。 1928年よりスミス・カレッジで教育・研究に携わる。同じ時期、ゲシュタルト心理学の創始者の一人であるクルト・コフカが、ナチスが台頭しつつあったドイツを逃れてスミス・カレッジに奉職していた。ギブソンはクルト・コフカの主催するセミナーにも参加している〔。 第二次世界大戦中はアメリカ陸軍航空部航空心理研究部長を務め、パイロットの選抜と訓練に携わった。1949年よりコーネル大学教授。それ以降、コーネル大学で研究を行うこととなる〔。 46歳 (1950年) に『The Perception of the Visual World』、62歳 (1966年) では『The Senses Considered as Perceptual Systems』を刊行〔。 1978年にはすでに衰弱が始まっていたギブソンは、妻のエノレアと共にカリフォルニア大学に数ヶ月滞在〔。滞在中には、それまで20年ほど書きつづけてきた『The Ecological Approach to Visual Perception』(日本語訳『生態学的視覚論』サイエンス社) を完成させる〔。『The Ecological Approach to Visual Perception』出版から数ヶ月後の1979年12月11日に死去〔。死因はすい臓癌〔。 『The Ecological Approach to Visual Perception』には、1920年代のプリンストン大学時代から半世紀に渡って完成させたギブソンの視覚論の全体像が記述されている〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ジェームズ・ギブソン」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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