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ジグジドゥ・ムンフバト(モンゴル語キリル文字表記:Жигжидийн Мөнхбат、ラテン文字転写:''Jigjidiin Mönkhbat''、 1941年6月1日 - )は、モンゴル国の元スポーツ選手。元ブフのフテチで最高位アヴァルガ(この称号は大相撲で言うところの横綱に相当する)であり、レスリングでも1964年東京オリンピックから5大会連続出場。1968年メキシコオリンピックレスリング・フリースタイル87kg級で銀メダルを獲得した(モンゴル人史上初のメダリスト)。 日本語ではまれに「ジジド・ムンフバト」と表記されることもある〔"Жигжидийн"(ジグジディーン/Jigjidiin)とは「ジグジドゥ(=父親名)の」の意であり、フルネームを日本語に置き換えると「ジグジドゥの(息子)ムンフバト」という意味になる。日本語報道では属格助詞の「ийн/iin(-ィーン)」を省略して、単に父親名をカナ転写して「ジグジドゥ・―」と表記されてしまうことが多い(実子の白鵬をはじめとするモンゴル国出身大相撲力士の本名についても全く同様の傾向がある。詳細については、モンゴル人の名前#モンゴル国における用例も参照)。〕。 日本の大相撲の横綱・白鵬(ムンフバティーン・ダワージャルガル)は実子である。 == 来歴 == メキシコオリンピックではモンゴル選手団の中でただ一人メダルを獲得した。日本においては当時NHKアナウンサーで相撲の実況で知られた杉山邦博がこの模様を報道している。 息子である白鵬の番付が上がっていくにつれ、「白鵬の父は偉大だった」というような見出しでテレビなどマスメディアに紹介されるようになり、日本国内でも再度注目を浴びるようになった。 その後はしばしば来日し、白鵬を激励、大関昇進の時には「ただ強いだけでは駄目だぞ」という旨のアドバイスを与えた。国や文化は違えどトップアスリートとしての経験を持つムンフバトならではのコメントといえる。 2007年5月31日、江戸川区総合文化センターにて日蒙外交樹立35周年として息子と共に特別講演を行った。ここでも「強いだけでは意味が無い。優しい心をもってこその横綱だ」というコメントが聞かれた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ジグジドゥ・ムンフバト」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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