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ジャトコ ( リダイレクト:ジヤトコ ) : ウィキペディア日本語版
ジヤトコ

ジヤトコ株式会社 () は日産自動車グループの自動車部品メーカー
主な製品は自動車の変速機であり、納入先は日産自動車のみならず国内外多数の自動車メーカーに及ぶ。
当初は日産自動車の一部門であったが、AT関連の特許問題回避のため、1970年昭和45年)にフォード、東洋工業(現・マツダ)との合弁会社となり、1981年(昭和56年)にフォード資本1999年平成11年)にマツダ資本がそれぞれ撤退し、2002年(平成14年)の業務提携で三菱自動車工業が2割ほどの株式を保有することとなった。
製品日産三菱スズキのほか、ゼネラルモーターズ(GM)等にも供給される。
== 沿革 ==

* 1943年(昭和18年) - 日産自動車の航空機部吉原工場として設置。
* 1967年(昭和42年) - 日産自動車吉原工場にてAT生産開始。
* 1970年(昭和45年) - 日産自動車・東洋工業(現・マツダ)・フォードの合弁により日本自動変速機株式会社設立、出資比率は、フォード50%、日産自動車25%、東洋工業25%。
* 1981年(昭和56年) - 1979年に東洋工業とフォードが資本提携したことに伴い、フォード資本が撤退し、日産自動車65%、東洋工業35%の出資比率となる。日産自動車が、吉原工場の分工場として、庵原郡蒲原町(現・静岡市清水区)に、蒲原工場を開設。
* 1989年(平成元年) - 日本自動変速機株式会社からジャトコ株式会社に社名変更。
* 1994年(平成6年) - 日産自動車が吉原工場を富士工場に改称。
* 1999年(平成11年) - マツダが所有する全株式を日産自動車に譲渡
 * 6月28日 - 日産自動車のAT・CVT部門が分社し、トランステクノロジー株式会社設立〔富士工場及び自動変速機・無段変速機開発部門の営業譲渡について 日産自動車 広報部 プレスリリース 1999年5月14日〕。
 * 10月1日 - トランステクノロジー株式会社とジャトコ株式会社が合併し、ジヤトコ・トランステクノロジー株式会社としてスタート〔日産自動車の関係会社、トランステクノロジーとジャトコが合併に合意 日産自動車 プレスリリース 1999年8月3日〕。
* 2001年(平成13年) - 10月4日 - 日産自動車、ジヤトコ・トランステクノロジー、三菱自動車工業の三社、AT・CVT事業統合で基本合意〔三菱自動車、ジヤトコ・トランステクノロジー、日産自動車の三社、AT・CVT事業統合に関する基本合意書に調印 日産自動車 プレスリリース 2001年10月4日〕。
* 2002年(平成14年)4月1日 - ジヤトコ株式会社へ社名変更。三菱自動車工業のAT・CVT部門が事業分割により独立し、ダイヤモンドマチック株式会社発足。7月1日に株式交換により完全子会社化〔「三菱自動車とジヤトコ・トランステクノロジーのAT/CVT事業統合」に関する契約を締結 日産自動車 プレスリリース 2002年3月25日〕。
* 2003年(平成15年)
 * 1月1日 - 出資比率50:50で富士重工業との合弁会社「富士AT株式会社」を設立。
 * 4月1日 - ダイヤモンドマチック株式会社と合併〔ジヤトコとダイヤモンドマチックの合併について - ジヤトコ ニュースリリース 2003年1月30日〕。
* 2006年(平成18年)9月29日 - 富士ATを解散スバル車用CVTは富士重の内製とし、スズキなど他社向けCVTは富士重が生産し、ジヤトコが販売する形態をとる〔富士重工業・ジヤトコによるCVT共同事業の新たな発展について - 富士重工業ニュースリリース(2006年9月29日版 / 2015年10月6日閲覧)〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ジヤトコ」の詳細全文を読む




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