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ジョン・ケイル(John Cale、1942年3月9日 - )は、イギリスのウェールズ出身のミュージシャン。アメリカでヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナル・メンバーとして活動した後、自己名義の作品を多数発表し、音楽プロデューサーとしても活動。 == 来歴 == 幼い頃からヴィオラやピアノを学び、ロンドン大学のゴールドスミス・カレッジで音楽を学んだ後、1963年にアメリカ合衆国に渡って勉強を続け、ジョン・ケージ等と共演。 その後、シアター・オブ・エターナル・ミュージックという音楽家集団に所属し、ミニマル・ミュージック作品を作曲。この頃の作品は、2001年にテーブル・オブ・エレメンツというレーベルからCD化された。そして、1965年にルー・リードと出会い、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成。『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』(1967年)、『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』(1968年)の2作に参加した後、ルーとの関係が悪化。ケイルはルーによってヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退させられる。スターリング・モリソンによれば、ルーは「もしケイルが辞めないなら自分が辞める」とまで発言したという〔John Cale : AllMusic - Biography by Richie Unterberger〕。 1970年にソロ活動を開始。音楽性は、ボーカル入りのロック・アルバムや、インストゥルメンタルによる実験音楽等、多岐に渡る。また、テリー・ライリーやブライアン・イーノ等と共演した他、音楽プロデューサーとしてザ・ストゥージズ、パティ・スミスなど様々なアーティストの作品を手がけてもいる。 1990年、旧友ルー・リードとの共作アルバム『ソングス・フォー・ドレラ』発表。1993年にはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの再結成に参加した。 『I SHOT ANDY WARHOL』(1996年公開)、『バスキア』(1996年公開)、『アメリカン・サイコ』(2000年公開)等の映画音楽も担当した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ジョン・ケイル」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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