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本項ではスウェーデンの歴史を記す。スウェーデンはスカンディナヴィア半島東部に位置する南北に長い国土を有する国である。同じ北ヨーロッパに属するデンマーク、ノルウェー、フィンランドのみならずバルト三国、ロシア、ポーランドにさらにドイツとの間でも戦争や外交が展開された歴史を持つ。また近代においては武装中立を国是とし、世界有数の福祉国家を建設したことも注目すべき点であろう。 == 概史 == === 先史時代から古代 === 発掘調査などによれば、今のスウェーデンにおける人類の痕跡は、紀元前1万年ころに遡れる。このころには人が定住し、紀元前3000年ごろには農業を営み、青銅器を使用していたとされる。青銅器時代には西海岸地帯に集中して見られる岩石線画〔百瀬、熊野、村井、p18。〕が自然の平面岩に刻まれ、また、絵画石碑もゲルマン鉄器時代やヴァイキング時代のスカンディナヴィアに建立された。絵画石碑は主にゴットランド島で発見されている。これは、死者崇拝や埋葬習慣に起源を持つと考えられている。この時代の北欧についての最古の記録は、古代ローマの歴史家タキトゥスの「ゲルマニア」に書かれた、「スイーオネース」の記録であろうと考えられている。タキトゥスによれば彼らスイーオネースはバルト海に浮かぶ島(当時スカンディナヴィア半島は島だと考えられていた〔百瀬、熊野、村井、p3。〕)に住み、陸上戦力のみならず水軍を持ち、勢力を振るったという。 タキトゥスの「スイーオネース」によれば、スウェーデン中部のスヴェーア人が建国した初期の王国の形成は、28の各部族が3つの原生国家へと統合されて行ったと記されている。その原生国家の一つ、メーラル王国はメーラル湖を中心として栄えた王国であり、6世紀頃に残る2王国を併合し、スヴェーア諸族を統合して誕生したのがシルフィング王朝であったとされ、それが650年頃にデーン人に滅ぼされた後にヴェルムランド地方へ逃れてインリング王朝として再建、南部のゴート王国を服属した後、860年には首都を古ウプサラへ設置し、後のスウェーデン王国の祖形が成立したと言う〔北欧史#北欧三国の成り立ちも参照されたい。〕。5世紀から6世紀にかけてのスカンディナヴィアでは、民族移動期と呼ばれ(この民族移動期は、ゲルマン民族の大移動と結びつけられて考えられて来た)、スカンディナヴィア半島南部で砦の建設が急増したが、その要因は、地方的権力の台頭であると考えられている。こうした社会的緊張は、地域的、集団的アイデンティティーを高めたと言えるが、砦が急増した理由として、後期民族移動期に北欧各地に割拠する権力者と豪族たちによる北欧内部での活動が盛んとなり、それらから防衛する必要性から築造されたと考えられている〔百瀬、熊野、村井、p19 - p24、p26。〕。また、豪族たちはヨーロッパ大陸での傭兵活動や、北欧内部及びバルト海沿岸地域での交易、略奪遠征を行って来た。こうしたことは、続くヴァイキング時代の下地となったと言える〔百瀬、熊野、村井、p25 - p28。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「スウェーデンの歴史」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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