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スギノハヤカゼは、日本の競走馬・種牡馬である。おもな勝ち鞍はアーリントンカップ・中日スポーツ賞4歳ステークス・スワンステークス・CBC賞。 == 戦歴 == 1995年10月のデビュー戦をレコードタイムで勝利、さらに特別戦1勝を加え早くもオープン入りとなる。翌1996年、オープン・アーリントンカップ (GIII) を連勝し、この年新設されたNHKマイルカップの有力馬に数えられるが、前哨戦・本番ともに5着に敗れる。続く6月、中日スポーツ賞4歳ステークスに出走。ここまで4勝を挙げた実力を見せつけ重賞2勝目を手にする。 さらにセントウルステークス3着を経て挑んだスワンステークスを1分19秒3という当時の日本レコードタイムにて制し、GI制覇まであと一歩まで登りつめる。しかしマイルチャンピオンシップでは8着に敗れ、これ以降もGIでは善戦止まりの内容を繰り返す。 1997年前半、煮え切らない競走が続いた陣営は鞍上を田島裕和から一時的に南井克巳・武豊の両名にスイッチ。これが奏功しGIII・GIIを2着と好走、CBC賞ではひさびさの重賞制覇を果たし、続くスプリンターズステークスでは2着に入り春シーズン未勝利の鬱憤を晴らした。 しかしこれ以降は苦手の重馬場や、骨折・フレグモーネ・繋靭帯炎などによる故障といった不運に泣き勝ち星から遠ざかる。結局CBC賞以降は未勝利に終わり、2000年11月のマイルチャンピオンシップ18着後に脚部不安を発症、そのまま2001年12月現役引退となる。 引退後の2002年春よりCBスタッドで種牡馬として供用されたが、一頭も産駒を残せないまま同年11月29日疝痛により死亡した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「スギノハヤカゼ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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