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スティーブン・スペンダー : ミニ英和和英辞書
スティーブン・スペンダー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

スティーブン・スペンダー : ウィキペディア日本語版
スティーブン・スペンダー[ちょうおん]
スティーブン・スペンダー(Stephen Spender 1909年2月28日-1995年7月16日)は、イギリス詩人批評家
母方にユダヤ系ドイツ人の血をひく。オックスフォード大学在学中から、W・H・オーデンセシル・デイ・ルイスルイス・マクニースなどと交わり、共産主義者になったこともある。クリストファー・イシャウッドとたびたびドイツに旅行、1930年から詩集を刊行、1935年批評集『破壊的要素』を出す。1937年スペイン内戦の実態を見て左翼を捨てる。1940年1941年シリル・コノリーと文芸雑誌『ホライズン』を編集、第二次大戦では国防軍に加わり消防隊員。1953年から文芸雑誌『エンカウンター』の編集に加わり、1957年国際ペンクラブ大会で来日。
1970年1971年ロンドン大学教授。1983年サーの称号を受ける。日本では徳永暢三が精力的に翻訳をおこなった。
==訳書一覧==

*現代英国史 中村祐吉冨山房 1942
*破壊的要素 現代作家と信条の研究 大貫三郎・岡鈴雄訳 荒地出版社 1956
*創造的要素 第1・2部 深瀬基寛村上至孝筑摩書房 1956-57/新版 筑摩叢書(全1巻) 1965
*一九三九年以後の英詩 大沢実北星堂書店 1957
*詩集・静かなる中心 田中清太郎工藤昭雄共訳 国文社 (ピポー叢書) 1958
*世界の中の世界 自伝第1・2部 高城楢秀・小松原茂雄橋口稔共訳 南雲堂 1959
*躓づいた神 海老塚敏男訳 南雲堂 (南雲堂現代の教養) 1962
*スペンダー全詩集 徳永暢三思潮社 1967
*世界名詩集 第4 詩集 安藤一郎平凡社 1968
*スペンダー評論集 福田陸太郎・徳永暢三訳 英潮社 1968
*叛逆者たちの年 徳永暢三訳 晶文社〈晶文選書〉 1970
*一篇の詩ができるまで 徳永暢三訳 荒地出版社 1970
*現代的想像力 岡崎康一増田秀男訳 晶文社〈晶文選書〉 1970
*イギリスとアメリカ 愛憎の関係 徳永暢三訳 研究社出版 1976
*エリオット伝 和田旦みすず書房 1979.10
*チャイナ・ダイアリー デヴィッド・ホックニー絵・写真、小沢瑞穂訳 新潮社 1986.3
*スティーヴン・スペンダー日記 1939-1983 徳永暢三訳 彩流社 2002.7

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「スティーブン・スペンダー」の詳細全文を読む




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