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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
スティーヴ・クロッパー(Stephen Lee Cropper,1941年10月21日 - )はアメリカ合衆国出身のギタリスト、作曲家、レコーディングプロデューサー。ミズーリ州ドーラ出身。フェンダー社のエレキギター「テレキャスター」及びそれを元にしたピービー社のオリジナル・モデルを愛用し、世界でも指折りのテレキャスター使いとして名を馳せる。 「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第36位、2011年の改訂版では第39位。 == 経歴 == 9歳時にテネシー州メンフィスに家族で移住。10歳の時に初めて手にしたギターは義理の兄のギブソンだった。そして14歳で自分のギターを手に入れる。彼に最も影響を与えたのは、チェット・アトキンスやチャック・ベリー、タル・ファーロウ、ジミー・リード、ビリー・バトラーなどだった。 やがて結成したバンド「ロイヤル・スペーズ」は、「ザ・マーキーズ」に名前を変え、スタックス・レーベルの専属バックバンド (当時のソウルミュージックは歌手以外の演奏者を殆どのレコードで使い回していた) となった。これが1958年頃のことではないかとされている。ザ・マーキーズにはドン・ニックス、ドナルド・ダック・ダン、ウェイン・ジャクソンも加わっていた。このバンドからスピンオフしたのがメンフィス・ホーンズ、パッカーズ、ブッカー・T&ザ・MG'sである。 スティーヴ・クロッパーがブッカー・T&ザ・MG'sとしての活動を開始したのは1962年であった。このバンドは1960年代を通してスタックス・レーベルで数多くのレコード制作に関わることになる。オーティス・レディング、サム&デイヴ、アルバート・キング、ジョニー・テイラー、エディ・フロイド、ステイプル・シンガーズ、ウィルソン・ピケットなどである。この時彼の名声は、もはやアメリカに留まらなかった。ビートルズのメンバーであるジョン・レノンとポール・マッカートニーはオーティス・レディングの作品におけるクロッパーのプレイを高く評価している。ジョンとポールは、メンフィスでクロッパーと共にセッションをしようと試みたが、当時ビートルズのマネージャーだったブライアン・エプスタインによって、(安全上の問題から)この計画は中止となった。1969年にはソロ・アルバム''With a Little Help From My Friends''も発表している。 スタックス在籍中のクロッパーに関して、ロブ・ボウマン著「スタックスレコード物語 SOULVILLE U.S.A.」の中でブッカーTジョーンズはこう語っている。 「私はしばしばスティーブと曲を書いたものだ。彼は一つ一つの音を大事にしていたね。数多くのセッションの中でも一切機材のセッティングを変えなかったよ。」 ブッカー・T&ザ・MG'sでギタリストとして仕事する傍ら、エディ・フロイド「ノックオンウッド」やウィルソン・ピケット「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」などの名曲を作曲した。また、オーティス・レディングの代表曲はクロッパーとオーティスの共作である。 しかしスタックス・レーベルが看板スター、オーティス・レディングの死や主要スタッフの離脱で勢いを失うと、スティーヴもレーベルを離脱。ジェリー・ウィリアムスらとともに自らのプロダクションTrans-Maximusを設立して、様々なミュージシャンのアルバム制作に関わってゆく。この時期に彼が関わったのはジェフ・ベック、リンゴ・スター、タワー・オブ・パワー、ホセ・フェリシアーノ、ジョン・レノンらである。 1975年にスティーヴは活動拠点をメンフィスからロサンゼルスに移す。ここで彼はドナルド・ダック・ダンやブッカー・T・ジョーンズらとともにMG'sを復活させようと動くが、アル・ジャクソンの急死によりこれは頓挫する。1977年にはリヴォン・ヘルム&RCOオールスターズの一員としてダック・ダン、ポール・バターフィールドらと共に来日。1978年にスティーヴはブルース・ブラザーズ・バンドに参加。出演した映画も大ヒットする。 1991年に活動拠点をナッシュビルに移す。1992年にダック・ダンやブッカー・T・ジョーンズと共に、忌野清志郎のアルバム「Memphis」に参加。同年には、清志郎の日本武道館公演にも参加し、ブッカー・T&ザ・MG's、オーティス・レディング、RCサクセション等の曲もプレイ。この模様はライヴ盤「Have Mercy!」としてCD化された。1998年に映画「ブルース・ブラザース2000」に出演。 2008年にはラスカルズのフェリックス・キャヴァリエとの共作''Nudge It Up a Notch''を復活したスタックス・レコードよりリリース。2010年にキャヴァリエとの第二弾目として''Midnight Flyer''をリリース。 2011年、Royal Sons Quintetを前身とするThe Five Royales のトリビュート・アルバム''Dedicated''を429レコードよりリリースした。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「スティーヴ・クロッパー」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Steve Cropper 」があります。 スポンサード リンク
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