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ズラトウースト(ズラトウスト、, Zlatoust)は、ロシア・南ウラル地方のチェリャビンスク州にある都市。 アイ川()のほとりにあり、水はウファ川、ベラヤ川、カマ川を経てヴォルガ川へ流れる。最寄りの町はクサ(ズラトウーストから北西へ23km)、ミアス(ズラトウーストから南東へ33km)。首都モスクワからは東へ1,750km、州都チェリャビンスクからは西へ110km。 刃物製造などで知られる金属工業都市。ズラトウーストという地名は、聖人である金口イオアン(ヨハネス・クリュソストモス、ロシア語ではイオアン・ズラトウーストと呼ばれる)に由来し、金口イオアンに捧げられた聖堂の近くに集落ができたからとされる。人口は2002年全ロシア国勢調査で194,551人。 == 歴史 == ズラトウーストはウラル地方の鉱工業開発がすすめられた18世紀に建設された。1754年に鍛冶で有名なトゥーラの町の産業家モソロフ家がこの地に鉄工所を建て、それとともにズラトウーストの集落も造られた。1774年から1776年までの間、鉄工所の労働者たちはプガチョフの乱に参加している。 1815年には、サーベルや剣などを製造する武器工場がズラトウーストに建てられ、ドイツのゾーリンゲンなどから職人が招かれた。ズラトウーストの工場に赴任した軍人パーヴェル・アノソフ(Pavel Anosov)はダマスカス鋼の研究の結果、ブラート(bulat)と呼ばれる一種のるつぼ鋼の製法を編み出し、鋼の剣を作り上げている。また、ズラトウーストは1857年にロシア製の鋼鉄でできた最初の大砲を造った町としても知られる。イヴァン・ブシュイェフ(Ivan Bushuyev)やイヴァン・ボヤルシノフ(Ivan Boyarshinov)といった有名な刀剣職人が浮彫で装飾された刃物を残している。ブシュイェフは浮彫の模様に、翼の生えた空飛ぶ馬を好んだことで知られた。今日、ズラトウースト市の紋章にペガサスがあしらわれているのはこれがもとになっている。 1865年には市の地位を得てウラル南部の中心都市となった。金属工場や兵器工場で大きくなった町では労働者のストも起きたが、1903年にはロシア帝国政府が容赦ないデモ鎮圧を行っている。 ソビエト政府はロシア内戦中の1918年3月にズラトウースト市を掌握した。1918年6月から1919年7月までの間は白軍に占領されていたが、1919年7月13日に赤軍がズラトウーストを占領した。第二次世界大戦時にはヨーロッパ・ロシアからモスクワ第一時計工場など多数の工場がズラトウーストに疎開している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ズラトウースト」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Zlatoust 」があります。 スポンサード リンク
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