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セバスチャン・グロージャン : ミニ英和和英辞書
セバスチャン・グロージャン[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

セバスチャン・グロージャン ( リダイレクト:セバスチャン・グロジャン ) : ウィキペディア日本語版
セバスチャン・グロジャン[ちょうおん]

セバスチャン・ルネ・グロジャンSébastien René Grosjean, 1978年5月29日 - )は、フランスマルセイユ出身の男子プロテニス選手。シングルス自己最高ランキングは4位(2002年10月)。ATPツアーでシングルス4勝、ダブルス5勝を挙げた。身長175cm、体重72kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
== 選手経歴==
1996年にプロ入り。ジュニア時代には1996年全仏オープンジュニアダブルスで優勝している。1997年全仏オープンで主催者推薦選手として4大大会に初出場した。
1998年ウィンブルドンで予選を勝ち上がり、本戦の4回戦でピート・サンプラスに挑戦した。2000年6月にイギリス・ノッティンガムの大会(芝生コート、ウィンブルドン前哨戦の1つ)でツアー初優勝した。
2001年全豪オープン全仏オープンの2大会連続で、4大大会の準決勝に進出した。全豪オープンの準決勝ではフランスの同僚選手、アルノー・クレマンに 7-5, 6-2, 6-7, 5-7, 2-6 の逆転負けを喫した。この試合ではグロジャンが2セット・アップ(自分が2セットを先取した状態)の後、第3セットのタイブレークを取れば勝利(決勝進出)が目前に見えた段階で、クレマンが反撃を開始し、第4・第5セットを奪う展開の試合だった。同年の全仏オープンでは地元の声援を背負いながらも、準決勝でスペインアレックス・コレチャに 6-7, 4-6, 4-6 のストレートで敗れた。パリ・マスターズの決勝でエフゲニー・カフェルニコフを 7–6(3), 6–1, 6–7(5), 6–4 で破り初めてのマスターズ大会のタイトルを獲得。最終戦のテニス・マスターズ・カップでは決勝でレイトン・ヒューイットに 3–6, 3–6, 4–6 で敗れ準優勝した。オーストラリアとのデビスカップ決勝にも出場し、グロジャンはレイトン・ヒューイットパトリック・ラフターに敗れたが他の3試合を制し、フランスは3勝2敗で優勝した。
ウィンブルドンでは、グロジャンは2003年2004年の2年連続で準決勝に進出した。ウィンブルドンの前哨戦であるロンドン・クイーンズクラブの大会でも2003年2004年と2年連続の準優勝があり、芝を得意にした。オリンピックのフランス代表選手としても、2004年アテネ五輪で男子シングルスの準々決勝に進んだ。
2003年日本の「ジャパン・オープン」に出場した時は、決勝でドイツライナー・シュットラーに 6-7, 2-6 で敗れて準優勝に終わっている。
2007年10月、地元フランスのリヨン大会で単複優勝を果たした。シングルス決勝ではマルク・ジケルを破って5年ぶりのタイトルを獲得し、ダブルスではジョー=ウィルフリード・ツォンガと組んで優勝した。この優勝が最後の優勝になった。
グロジャンは2010年に32歳で現役を引退した。
現在はリシャール・ガスケのコーチをしている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「セバスチャン・グロジャン」の詳細全文を読む




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