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セレスティーノ・カバジェロ(Celestino Caballero、男性、1976年6月21日 - )は、パナマの元プロボクサー。コロン出身。元WBA・IBF世界スーパーバンタム級スーパー王者。第70代WBA世界フェザー級王者。 このクラスにしては長身で、その長いリーチを存分に活かしたアウトボクサー。オーソドックスであるがサウスポーにスイッチすることも可能な器用さも兼ね備えている。 == 来歴 == 1976年にパナマで生まれた。1998年11月18日に22歳でプロデビューする。その後パナマを中心に試合を行い、2000年6月16日にはパナマスーパーバンタム級王座を獲得した。 2001年8月18日、アーマンド・ロハス(パナマ)を7回TKOで破り、WBAフェデセントロスーパーバンタム級王座の獲得とパナマスーパーバンタム級王座の初防衛に成功。同年11月30日にはWBAフェデセントロスーパーバンタム級王座の初防衛に成功した。 2002年9月21日、 アンヘル・バレンシア(パナマ)を3RKOで破り、 WBAフェデラテンスーパーバンタム級王座の獲得とパナマスーパーバンタム級王座の2度目の防衛に成功、同年10月31日にはWBOラテンアメリカスーパーバンタム級王座を獲得した。 2003年2月15日、レオナルド・ゴンザレス(ニカラグア)と対戦し、2RTKO勝利でWBAフェデラテンスーパーバンタム級王座とWBOラテンアメリカスーパーバンタム級王座の初防衛に成功、しかし3ヶ月後の5月16日にホセ・ロハス(ベネズエラ)に3回KOで敗れWBAフェデラテンスーパーバンタム級王座の2度目の防衛に失敗するが、12月5日にはNABA北米スーパーバンタム級王座を獲得した。 2004年5月25日、リカルド・コルドバ(パナマ)に0-3の判定負けを喫しNABA北米スーパーバンタム級王座の初防衛とパナマスーパーバンタム級王座の3度目の防衛に失敗した。 2005年2月17日にアメリカ・カリフォルニア州のアヴァロンでダニエル・ポンセ・デ・レオン(メキシコ)とIBF世界スーパーバンタム級挑戦者決定戦で対戦し、3-0の判定勝ちを収めIBF世界スーパーバンタム級王座への挑戦権の獲得に成功。同年5月5日にはアメリカ・アリゾナ州・ツーソンのデザート・ダイヤモンド・カジノでホセ・ ルイス・バルブエナ(ベネズエラ)とのIBF世界スーパーバンタム級挑戦者決定戦を5回TKO勝ちで制しIBF世界スーパーバンタム級王座への挑戦権の獲得に成功を経た後、WBA世界スーパーバンタム級王者のマヤル・モンシプールが怪我のため防衛戦が行えなかったため、2005年10月15日にパナマ・パナマのフィガリ コンベンションセンターでWBA世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦が行われ、3-0(117-111、116-112、119-109)の判定勝ちでヨベール・オルテガ(ベネズエラ)を破り暫定王座を獲得した。 2006年2月4日にパナマ・パナマのフィガリ コンベンションセンターでロベルト・ボニージャ(ニカラグア)に7回TKO勝ちを収め暫定王座の初防衛に成功、同年10月4日にはタイ・ナコーンラーチャシーマー県のワット・バーン・ライで正規王者のソムサック・シンチャチャワン(タイ)と王座統一戦を行い、3回1分48秒TKO勝ちを収め王座統一に成功し正規王者になった(記録上は2度目の防衛) 2007年3月16日、リカルド・カスティーヨ(メキシコ)に9回2分2秒失格勝ちを収め3度目の防衛に成功、同年8月4日にはホルヘ・ラシエルバ(メキシコ)と対戦し、3-0の判定勝ちで4度目の防衛に成功、同年12月1日には元IBF世界ライトフライ級王者のマウリシオ・パストラナ(コロンビア)と対戦し、8回TKO勝利で5度目の防衛に成功した。 2008年6月7日、元WBA世界フライ級王者のロレンソ・パーラ(ベネズエラ)と対戦し、12回TKO勝利で6度目の防衛に成功、同年エルビス・メイジァ(コロンビア)と対戦し、初回2分51秒TKO勝利で7度目の防衛に成功。同年11月21日、カナダ・オンタリオ州のカジノ・ラマでIBF世界スーパーバンタム級王者スティーブ・モリター(カナダ)とWBA・IBF世界スーパーバンタム級王座統一戦を行い、4回右アッパーでダウンを奪う。その後右アッパーでひざから崩れ失神したのを見てレフェリーストップ。TKO勝ちでWBA王座の暫定王座獲得からの通算8度目の防衛とIBF王座の獲得に成功しWBA王座とIBF王座の統一を果たし、WBA規定によりスーパー王座認定を受けスーパー王者となった。 2009年4月30日、後にIBF世界スーパーバンタム級王者になるジェフリー・マゼブラ(南アフリカ)と対戦し判定勝ちでWBA王座は9度目、IBF王座は初防衛に成功した同年8月29日、メキシコ・バハ・カリフォルニア州・メヒカリのシウダード・デポルティーバでフランシスコ・レアル(メキシコ)と対戦し、7回終了時TKO勝利を収め、WBA王座は10度目、IBF王座は2度目の防衛に成功した〔カバジェロV10.レアルを中盤ストップ ボクシングニュース「Box-on!」 2009年8月31日〕。 2010年2月5日、IBF世界スーパーバンタム級王座を剥奪された為、WBA世界スーパーバンタム級スーパー王座のみ保持した。 2010年4月10日、ダウド・ヨルダン(インドネシア)と対戦し、3-0(119-108、119-108、120-107)の判定勝ちを収めた。 2010年10月、WBA世界スーパーバンタム級スーパー王座を返上し、フェザー級に転向した。 2010年11月27日、アメリカ・ネバダ州・ラスベガスのMGMグランドでジェイソン・リーツォー(アメリカ)と対戦し1-2(93-97、94-96、96-94)の僅差判定負けを喫した。 2011年7月2日、WBA世界フェザー級王者ジョナサン・ビクター・バロス(アルゼンチン)とアルゼンチン・メンドーサ州・フニンのポリデポルティーボ・ラ・コロニアで対戦、1-2(112-114、111-116、115-111)の判定で敗れて王座獲得を逸したが、カバジェロ陣営が判定を不服としてWBAへ提訴、ダイレクトリマッチが認められた。そして10月14日、アルゼンチンの首都ブエノス・アイレスのエスタディオ・ルナ・パルクで再戦、今度は終盤にバロスをKO寸前に追い込むなど、終始相手を圧倒して3-0(118-111、116-112、117-111) の判定勝ちで王座を獲得、晴れての2階級制覇を達成した〔カバジェロ、バロスにリベンジ WBAフェザー級 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年10月14日〕。 2011年12月31日、横浜文化体育館(神奈川県横浜市中区)で細野悟(大橋)を挑戦者に迎えての初防衛戦は、2ヵ月前の10月14日に2階級制覇を果たしたばかりとは思えないほどカバジェロが長いリーチを活かし、序盤から細野を圧倒、細野も接近戦から勝機を見出そうとするもカバジェロの後頭部を細野の右拳で叩いて減点を食らうなど終始カバジェロ優勢のまま12回が終了し、3-0(119-108、119-108、116-111)と11点差2人、5点差1人という判定勝ちでカバジェロが細野に完勝し初防衛に成功した〔カバジェロ評判通りの強さ/ボクシング 日刊スポーツ 2011年12月31日閲覧〕。 2012年10月8日、WBA世界フェザー級王座を返上。 2013年4月20日、パナマシティのアレナ・ロベルト・デュランでロビンソン・カステジャノス(メキシコ)とWBC世界フェザー級挑戦者決定戦を行い、1-2(114-113、112-115、113-114)の判定負けを喫し指名挑戦権の獲得に失敗した〔番狂わせ カバジェロ、カステジャノスに惜敗 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年4月21日〕。 2014年10月4日、復帰戦を1試合はさみ、メキシコシナロア州で、19戦全勝(18KO)のアドリアン・エストレージャと対戦。5回と10回と11回にダウンを奪われて、12回0-3(109-115、107-117、107-117)の大差判定負けを喫した。 2014年11月14日、家族全員を伴って会見を開き、網膜剥離を理由に現役引退を表明した〔 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年11月15日〕。 2016年3月10日、コカイン10kgを不法所持していたとしてパナマで逮捕される。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「セレスティーノ・カバジェロ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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