|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。
センチメンタル・シティ・ロマンス(SENTIMENTAL CITY ROMANCE)は1973年に結成された日本のロックグループ。通称「センチ」。名古屋のロックバンドとして1973年の結成以来、現役で活動を続けている息の長いグループである。またバックバンド、スタジオ・ミュージシャンとしてのキャリアも豊富である。 == 来歴 == * 1973年3月、中野督夫、細井豊らの名古屋のロック・グループ「シアンクレール」に、東京で洪栄龍らと「乱魔堂」として活動していた告井延隆をリーダーとして迎えられるかたちでセンチメンタル・シティ・ロマンスはスタートした。結成当時のメンバーは告井延隆(G)、中野督夫(Vo/G)、細井豊(Key)、加藤文敏(B)、田中毅(Ds)の5人。 * 1974年、 九州、山陽、関西など西日本方面のコンサートに参加し、東京では池袋シアターグリーンでの『ホーボーズ・コンサート』へ出演。また6月には地元、名古屋で初めてのリサイタルを開催し、8月に郡山市で行われた『ワン・ステップ・フェスティバル』にも参加。更に、自主コンサートとも言うべき『センチメンタル・パーティー』を定期的に開催する(1977年まで続く)など、 地味ではあるが確実な活動もしてゆく。なお『ホーボーズ』でのライブは1976年にキングレコードから発売されており、これが入手可能な最も古いセンチメンタル・シティ・ロマンスの音源である。 * 1975年5月、大阪で開かれた『第3回春一番コンサート』に出演。名古屋/中京地区でウェスト・コースト系の音楽を目指し活動。9月には日本武道館で開かれた『Aロック・コンサート全国大会』に優勝。8月、細野晴臣がアドバイザー(クレジットはChif Audience)として関わったファースト・アルバム『センチメンタル・シティ・ロマンス』がCBSソニーより発表。この直後、メンバーは名古屋市長よりロスアンジェルス市長へのメッセージを携えて渡米。帰国後、ドラムスが野口明彦(元シュガー・ベイブ)に変わっている。この年、全国主要都市コンサート・ツアーを行う。また、名古屋を中心に活動していたシンガーソングライターいとうたかおのシングル「ラブソング/こんなに不安なんだよ」のレコーディングに参加。 * 1976年8月、セカンド・アルバム『ホリディ』を発表、この年、ベーシストとして久田潔が参加する。その後VAN、グンゼ、講談社などのCMソングも手がけ、オーバーグランド指向を見せ始める。 * 1977年春、CBSソニーを離れ、キティ・レコードへ移籍、12月にサード・アルバム『シティ・マジック』を発表。 * 1978年夏、名古屋森林公園での『フリー・コンサート』で、ライヴを収録。 * 1979年春、キティ・レコードよりコロムビア・レコードに移籍、角川映画『金田一耕助の冒険』のサウンドトラックを担当し、7月に発表、同時に前年録音したライヴ・アルバムも発表する。8月、5枚目のオリジナル・アルバムをバンド結成以来の夢でもある、地元名古屋のスタジオに於いてレコーディング。9月に完成。11月25日、初の名古屋レコーディング・アルバム『歌さえあれば(We Like Music)』を発表。 * 1980年1月〜1982年、この間東京・名古屋・広島・福岡などでライブ活動及び加藤登紀子・岡林信康・竹内まりやなどのライヴ及びレコーディングで活躍。1980年にドラムが本多“taco-bow”正典に変更したが1981年コンサートツアー中の事故により前田直人に代わっている。 * 1982年4月28日、名古屋市民会館で10周年記念コンサート。5月25日アルバム『スマイリング』を発表。また、結成10周年記念コンサート・ツアーとして、名古屋・大阪・仙台・金沢でコンサートを開く。9月、元ドゥービー・ブラザーズのジェフ・バクスターの参加を得て、アルバムをレコーディング。11月25日、アルバム『ダンシング』、シングル「ターニング・ポイント」を発表。 * 1983年、ドラムスを近藤文雄にチェンジ。アルバム『はっぴいえんど』を発表。7月より名古屋・大阪・東京でコンサート・ツアー。 * 1984年、2月1日シングル「ゴーイング・バック」を発表。6月5日アルバム「リラックス」を発表。 * 1985年、名古屋市芸術奨励賞を受賞。中島みゆきのアルバムのレコーディングに参加。 * 1986年、アルバム『サマー・デイズ(夏の日の思い出)』を発表。NHK・銀河テレビ小説『清水みなとストーリー』主題歌「デイ バイ デイ」を提供。 * 1987年、EPO、遠藤京子のレコーディングに参加。日米市長会議マルチスライド音楽担当。 * 1988年、楠瀬誠志郎、鈴木雄大のステージサポート、薬師丸ひろ子のステージサポート、全国ツアー及び台湾ツアーに参加。新井正人のレコーディングに参加。 * 1989年、『世界デザイン博覧会』(名古屋市)・テーマ館の音楽担当。 * 1990年、薬師丸ひろ子のステージサポート、全国ツアーに参加。 * 1991年、加藤登紀子『ファシネイション』のレコーディングに参加。 * 1992年、わかしゃち国体(愛知)キャンペーンソング。 名古屋市芸術創造センターにて細井ソロコンサート『Music Wander Land』を行う。 * 1993年、センチメンタル・シティ・ロマンス20周年メモリアル・ライヴ、CD、レーザーディスク、ビデオをビデオアーツより発表。 * 1994年、加藤登紀子のエジプト・カイロツアーに参加の後、パリにて加藤登紀子のアルバム『花』のレコーディングに参加。 * 1995年、加藤登紀子のビデオ『花咲く頃に』に参加。パリにて加藤登紀子コンサートに参加。山崎ハコのレコーディングに参加。 * 1998年、 25周年記念LIVE を名古屋(5月)、東京(7月)で行う。 * 1999年2月、名古屋、大阪、神戸で小ツアー。 * 2003年、中野督夫2ndソロアルバム『夕方フレンド』を発表。 * 2004年1月、30周年記念アルバム『30 years young』を発表。 * 2006年、元かぐや姫のメンバーである伊勢正三と『伊勢正三withセンチメンタル・シティ・ロマンスLIVE2006』を実施。30周年メモリアルライブの後、近藤(Ds)が脱退、その後、久田(B)も脱退。現在は、告井、中野、細井の3人を中心に、元メンバーの野口明彦(Ds)、瀬川信二(B)が加わって活動を行っている。 *2011年、25年ぶりとなるアルバム『やっとかめ』をワーナーミュージック・ジャパンからリリース。18年ぶりのメジャー復帰となる。 *2013年、告井延隆が脱退。 *2014年、種田博之(G)加入。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「センチメンタル・シティ・ロマンス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|