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セントルシアの国旗(セントルシアのこっき)は、1979年2月22日にセントルシアがイギリスから独立した日に制定された〔。国旗はセントルシアが独立する前にデザインコンテストで採用されたイギリス自治領時代の旗が元になっており、セントルシアの独立時に一部が修正された〔。 == 歴史 == 1635年にフランスはセントルシア島を植民地化し、1680年に島の先住民との間に条約を締結した。イギリスとフランスがセントルシアの支配権を巡って争い、島の領有は二つの超大国の間を頻繁に行き交っていた。この状況は1814年まで続くが、1814年のパリ条約の締結によってフランスがセントルシアの恒久的な放棄をイギリスに約束し〔、同年にセントルシアはイギリス帝国内の直轄領となる〔。フランスとイギリスの植民地時代を通して、セントルシアは独自の植民地旗を持っていなかった〔 〕。 1939年8月にイギリスはセントルシア独自の紋章の使用を承認する。紋章のエスカッシャンは十字を作る二本の竹の棒を備えた黒い盾で構成され、盾の四つの象限にはイングランドを象徴する2つのテューダー・ローズとフランスを象徴する2つのフルール・ド・リスが置かれていた。ブルー・エンサインを改変してセントルシアの紋章をデザインした旗が植民地の旗として使われていた〔。 1958年から1962年までの間、セントルシアは西インド連邦を構成していた〔。しかし、西インド連邦の結成は不成功に終わり、連邦が崩壊して5年後の1967年3月1日にセントルシアはイギリスの自治領となる〔。従来と同様にイセントルシアの外交と防衛はイギリスが責任を保持していたが、島内の事項については完全な自由統治が与えられた〔。セントルシア出身の芸術家ダンスタン・セントオマーが島の新しい旗を考案し、旗は自治領の成立の同日に採用される。1979年2月22日にセントルシアが独立国となったとき、国旗の全体的なデザインは自治領時代のものに大きな変更は加えられず〔、地に使われる青の色合いと三角形の大きさが若干変更された〔。しかし、主権国家となったセントルシアで正式な国旗が決定された後も、宗主国のイギリスの国旗であるユニオン・ジャックが独立を宣言する公式の式典の時まで掲げられていた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「セントルシアの国旗」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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