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タイロン・パワー・Sr : ミニ英和和英辞書
タイロン・パワー・Sr[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

パワー : [ぱわー]
 【名詞】 1. power 2. (n) power
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

タイロン・パワー・Sr ( リダイレクト:タイロン・パワー・シニア ) : ウィキペディア日本語版
タイロン・パワー・シニア[ちょうおん]

タイロン・パワー・シニア(, 1869年5月2日 - 1931年12月23日)は、イギリス出身のアメリカ合衆国俳優である〔Tyrone Power, Sr., Internet Movie Database , 2010年6月2日閲覧。〕。本名フレデリック・タイロン・エドモンド・パワー()、舞台ではタイロン・パワー二世()、映画では一貫してタイロン・パワー()と名乗った〔。
== 人物・来歴 ==
1869年5月2日、イギリスのロンドンに生まれる。祖父はアイルランドの舞台俳優で、のちに舞台俳優としてしばしば「タイロン・パワー二世」と名乗ったのは、祖父へのリスペクトの表明である〔。父はピアニストのハロルド・パワー、母は女優のである〔。
ダリッジ・カレッジに学んだ後、一家でアメリカへ移民する〔。フレデリック・タイロンはフロリダに送られ、果実園で働くことになるが、農園を飛び出して俳優となる。1886年(明治19年)、初舞台を踏む〔。1898年(明治31年)、イーディス・クレインと結婚する〔。
1912年(明治45年)、妻イーディスと死別、同年、「ミセス・タイロン・パワー」の名で知られるヘレン・ベイトマンと再婚する〔。1914年(大正3年)5月5日、第1子タイロン・エドモンド・パワー・ジュニア(のちのタイロン・パワー)が生まれる〔〔, 2010年6月2日閲覧。〕。ニューヨークで活動していたパワーは、フェイマス・プレイヤーズ・フィルム・カンパニー製作、トーマス・ヘフロン監督の ''Aristocracy'' に出演、同作が映画初出演となり、同年11月26日に公開される〔。
カリフォルニア州ロサンゼルス市に移住し、同地のセリグ・ポリスコープ・カンパニーで、1915年(大正4年)7月26日公開、ジャイルズ・ウォーレン監督の ''A Texas Steer'' に出演、以降、翌年までに合計4作に出演する〔。同年8月25日には、第2子アン・パワーが生まれる〔〔, 2010年6月2日閲覧。〕。1916年(大正5年)には、ヘレンと離婚する〔。同年、ユニヴァーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)で、フィリップス・スモーリーロイス・ウェバー夫妻が共同監督した映画に3作主演、うち2作、 ''John Needham's Double'', 『獄屋の月』はユニヴァーサルが同年に設立した子会社・ブルーバード映画の作品で、もう1作『暗中鬼』はロイス・ウェバー・プロダクションズの作品であった〔。『暗中鬼』では1歳になる娘のアンがノンクレジットで出演している〔〔, 2010年6月2日閲覧。〕。『獄屋の月』と『暗中鬼』は日本でも公開された〔『ブルーバード映画の記録』 : 製作・著・発行山中十志雄・塚田嘉信、1984年4月、p.60-63.〕。1917年(大正6年)以降は、小プロダクション作品に主演している。
1921年(大正10年)2月、バーサ・ナイトと三度目の結婚をする〔。1920年代にあっても、映画には主演・共演問わず出演し、ブロードウェイの舞台にも立った〔。1930年(昭和5年)、フォックス・フィルム(現在の20世紀フォックス)で、パワーにとっての初のトーキー『』(ジョン・ウェインの初主演作でもある。)に出演する〔。同作が遺作となる〔。
1931年(昭和6年)12月23日、カリフォルニア州ロサンゼルス市で心筋梗塞により死去した〔。満62歳没。「タイロン・パワー」の名跡は、長男のタイロン・エドモンド・パワー・ジュニアが継承した〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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