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ダーラ・シーコー : ミニ英和和英辞書
ダーラ・シーコー[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ダーラ・シーコー ( リダイレクト:ダーラー・シコー ) : ウィキペディア日本語版
ダーラー・シコー[ちょうおん]

ダーラー・シコー(, , Dara Shikoh, 1615年3月20日 - 1659年9月12日 〔旧暦では8月30日である。〕)は、北インドムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンの長男。母はムムターズ・マハル
==生涯==

===シャー・ジャハーンからの溺愛・結婚===

1615年3月20日、ダーラー・シコーはムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンとその妃ムムターズ・マハルとの間に生まれた〔Delhi 6 〕。このとき、すでに姉ジャハーナーラー・ベーグムが生まれていた〔。
ダーラー・シコーが生まれたのち、弟にシャー・シュジャーアウラングゼーブムラード・バフシュ、妹にラウシャナーラー・ベーグムガウハーラーラー・ベーグムなど多数の兄弟が生まれた〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.226〕。
ダーラー・シコーは多数いる兄弟姉妹のなかで、父シャー・ジャハーンに最も愛され、自分のそばから離すことはなかった〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.227〕。だが、その溺愛ぶりは弟のアウラングゼーブが嫉妬するほどであり、のちにダーラーとアウラングゼーブが対立する要因の一つとなった〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、pp.227-228〕。
1633年2月11日、ダーラー・シコーは叔父の故パルヴィーズの娘ナーディラ・バーヌー・ベーグムと結婚した。彼らは仲の良い夫婦で、スライマーン・シコーシピフル・シコージャハーンゼーブ・バーヌー・ベーグムなど7人の子女を儲けた〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ダーラー・シコー」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Dara Shikoh 」があります。




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