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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年6月10日 - )は、日本の音楽家、平和活動家、政治家。沖縄県コザ市(現・沖縄市)出身。琉球民謡を現代風にアレンジしたウチナー・ポップを確立した。バンド、喜納昌吉&チャンプルーズを率い、ヴォーカル、ギター、三線、作詞作曲をおもに担当する。参議院議員(1期)、元民主党沖縄県連代表〔民主党ニュース:沖縄に寄り添い政策を進めていく 新体制スタートにあたり細野幹事長が表明 2013年05月15日 〕。 == 略歴 == 年表 *1948年、米軍占領下のコザ市(現・沖縄市)に生まれる。 *1961年、島袋中学入学。 *1964年、琉球政府立普天間高等学校入学。 *1967年、国際大学 (現・沖縄国際大学)入学。友人兄弟で「チャンプルーズ」のもとになるバンド結成。民謡クラブ「ミカド」経営。 *1970年、国際大学除籍。 *1972年、麻薬不法所持により琉球警察に逮捕される。 *1973年、沖縄刑務所出所。 *1976年、喜納昌吉&チャンプルーズ結成、「ハイサイおじさん」が沖縄で大ヒット。久保田麻琴や中村鋭一らにカヴァーされ、本土でも知られる。 *1977年、東京デビュー。アルバム「喜納昌吉とチャンプルーズ」をリリース。 *1980年、第一回うるま祭りを提唱、実施。 *1980年、アルバム「BLOOD LINE」リリース。「花〜すべての人の心に花を〜」が初収録された。 *1982年、アルバム「祭」をリリース。 *1983年、アルバム「THE CELEBRATIONS LIVE」をリリース。 *1988年8月8日8時8分8秒、八ヶ岳で喜納の提唱により行われた「命の祭り」に参加。 *1987年、タイで「花〜すべての人の心に花を〜」大ヒット 、半年間チャートの1位を独占した。 *1990年、アルバム「ニライカナイPARADISE」をリリース。 *1991年、フランス、ブールジュ春の音楽祭に出演。 *1991年、アルバム「Earth Spirit」をリリース。 *1991年、NHK紅白歌合戦出場。 *1992年、アルバム「チャンプルーズルネッサンス」リリース。 *1992年、アルバム「IN LOVE」リリース。 *1993年、韓国で行われた大田国際博覧会にて公演。 *1993年、中国で「花〜すべての人の心に花を〜」大ヒット。 *1993年、アルバム「RAINBOW MOVEMENT」リリース。 *1994年、奈良東大寺大仏殿前特設ステージにてユネスコ世界遺産推進コンサート「あおによし」に出演。 *1994年、中国での花の大ヒットをうけ中国政府の招きで北京、紫禁城にて公演。 *1994年、ライ・クーダーとともに北米4都市ツアー(ワシントンDC、ニューヨーク、カナダ・トロント、ロサンゼルス) *1994年、英国ロンドン、クイーンエリザベス・ホールにてコンサート。 *1994年、アルバム「火神」リリース。 *1994年、西インド最大の文化イベントであるガーネーシャフェスティバルで公演。 *1995年、終戦被爆50年祈念「黒潮祈りの巡礼 サバニ・ピース・コネクション」。沖縄西南端の与那国島から2000キロの距離を2ヶ月間かけて、25の島々を手漕ぎのサバニでつむぎ渡り、鹿児島県山川港に上陸。水俣、大阪などを経由し8月6日に広島、8月9日には長崎の両市長に島々からの平和のメッセージを届けた。 *1995年、中国北京天壇公園にて北京平和音楽祭に出演。 *1995年、アルバム「CHAMPLOO」リリース。 *1995年、第1回「遠藤実歌謡音楽大賞」受賞。 *1996年、アトランタオリンピックにおいて行われた近代オリンピック百周年を記念する祭典にアジア大陸代表として出演。 *1996年、サバニ・ピース・コネクションにより朝日新聞「海への功労賞」受賞。 *1996年、「花〜すべての人の心に花を〜」 日本レコード大賞特別賞受賞。 *1997年、中国北京万里の長城にて公演。 *1997年、中国大連にてコンサート。 *1997年、アルバム「すべての武器を楽器に」リリース。 *1998年、喜納の環境保護活動に対し 「オメガアワード」受賞。 *1998年、ベトナムカンザー地区にてマングローブの植林とコンサートを行う。 *1998年、アルバム「赤犬子」リリース。 *1998年、北米大陸をインディアン居留地伝いにバスツアーで横断した「白船計画」を実施。ニューヨーク国連本部、イロコイ連邦などではコンサートを行う。 *1999年、台北・台中・高尾にて台湾加油!震災チャリティーコンサート。 *1999年、韓国ソウルで行われた「東アジアにおける平和のための宗教と文化フォーラム」にて公演。同国における日本語での公演解禁の第一号となった。 *2000年、韓国光州市にて光州事件20周年祈念コンサート。 *2000年、平城にて沖縄・北朝鮮平和友好コンサートを行う。 *2000年、デュッセルドルフにて、ドイツにおける日本年のファイナルコンサートを行う。 *2002年、タイ・バンコックで行われた国連ミレニアム宗教精神的指導者会議にてスピーチ。 *2002年、インド・デリーにてインド政府主催、日印国交正常化50周年記念コンサート。 *2003年、戦争よりも祭を!イラク・ピースアクション *2004年、サンフランシスコにて世界平和音楽賞をピーター・ヤーロウなどとともに受賞。 *2004年、アルバム「忘てぃや ういびらん 忘てぃや ないびらん」リリース。 *2004年、第20回参議院議員通常選挙比例区に民主党から出馬し当選。 *2005年、サンフランシスコにて核兵器廃絶平和式典で演奏。 *2008年、北京オリンピック公式文化イベントにアジア大陸代表として出演。 *2009年12月24日、実父である喜納昌永が死去。 *2010年、第22回参議院議員通常選挙比例区に民主党から出馬し、再選を目指すも落選。 *2011年、上海市にて沖縄国際航空貨物ハブ事業2周年イベントに出演。 *2012年、アルバム「Nirai Pana」リリース。 *2014年、韓国済州島にて済州島平和祭に出演。 *2014年、2014年沖縄県知事選挙に出馬したが、得票数最下位で落選。 *2015年、アルバム15枚に及ぶ全作品を演奏する8DAYsLIVE(那覇市ライブハウス・チャクラ)と喜納昌吉 半世紀の軌跡 Peace & Celebration展を開催(那覇市タイムスビル)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「喜納昌吉」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Shoukichi Kina 」があります。 スポンサード リンク
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