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チャーミングコンビ : ミニ英和和英辞書
チャーミングコンビ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

チャーミングコンビ ( リダイレクト:マックボンボン ) : ウィキペディア日本語版
マックボンボン[ちょうおん]
マックボンボンは、志村健(現・志村けん)がザ・ドリフターズ付き人時代に、同じ付き人同士で組んだお笑いコンビである。
渡辺プロダクション所属。
== 歴史 ==
1972年、志村健(現・志村けん)が井山淳と結成、井山の脱退(失踪)後は福田正夫とコンビを組んだ。結成当初は「チャーミングコンビ」だったが、ザ・ドリフターズ(以下、ドリフと表記)のリーダーで志村の師匠であるいかりや長介から、「お前らは絶対チャーミングじゃない」との指摘により改名した。
初めての仕事は『小松みどりショー』の前座で、井山のボケに対して、志村が立ったままの姿勢から、井山の顔面に足でツッコミを入れるなど、身体を張ったネタが評判となる。その後、小柳ルミ子天地真理森進一沢田研二鶴田浩二三波春夫などの前座も務めるようになった。
1972年10月には早くも初のレギュラーにして初司会、そしてコンビ名の付いた「冠番組」である『ぎんぎら!ボンボン!』(『シャボン玉ホリデー』の後番組で、後に『シャボン玉ボンボン』にリニューアルされる)への出演が決まる。師匠のいかりや長介は、ネタのストックも無いままテレビに出演することに難色を示し反対する。その心配は的中し、知名度の低さとワンパターンなネタがすぐに飽きられ、視聴率不振により番組は1クール(3か月)で打ち切りとなった。その失敗により、ショックを受けた当時の相方である井山が失踪。このため志村は、ドリフの付き人の一人である福田正夫を次の相方として選び、新生・マックボンボンを再出発させる。
しかし、元・自衛隊員の福田は元々「お笑い芸人志向」ではなく、常々「お笑いじゃなくてもやっていける」と公言し、練習に身を入れることもなかった。結局コンビは自然消滅となり、志村は再びドリフの付き人に戻った。
志村のその後については志村けんを参照。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マックボンボン」の詳細全文を読む




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