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ティリー伯 : ミニ英和和英辞書
ティリー伯[はく]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [はく]
 【名詞】 1. count 2. earl 3. eldest brother 4. uncle 5. chief official 

ティリー伯 ( リダイレクト:ティリー伯ヨハン・セルクラエス ) : ウィキペディア日本語版
ティリー伯ヨハン・セルクラエス[てぃりーはくよはんせるくらえす]

ヨハン・セルクラエス・グラーフ・フォン・ティリー(Johann t'Serclaes Graf von Tilly, 1559年 - 1632年4月30日)は、ブラバント公国Villers-la-Ville(現在のベルギーブラバン・ワロン州)出身の将軍、傭兵隊長。三十年戦争ではバイエルン軍を率い、カトリック連盟の総司令官として戦争序盤の主導権を握った。敬虔なカトリック信徒で「甲冑をまとった修道士」と呼ばれた。
== 生涯 ==

===前半生===
1559年、ティリーはブラバント公国のティリー城で貴族の家系に生まれた。若い頃から強い信仰心を持ち、一度はイエズス会に入会しようとしたが、ただ祈るよりも神の敵を排除した方がよいと思い直し、剣で神に奉仕することを決意した。パルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼ率いるスペイン軍に参加したのを皮切りに、雇い主を変えながら各地を転戦、着実に軍歴を積み重ねていった。ティリーは軍営でも敬虔な態度を崩さず、常に保護者である聖母マリアに祈りを捧げていた。その敬虔な姿から「甲冑をまとった修道士」と呼ばれるようになった。
1598年からはバイエルン公マクシミリアン1世に仕え、東方から侵攻するオスマン帝国と戦った。この頃にはすでにティリーの名声は確立しており、バイエルン公も彼を高く評価して次々と昇進させた。1601年に騎兵および砲兵少将1604年に騎兵大将1605年には陸軍元帥となった。
1608年神聖ローマ帝国プロテスタント諸侯はプロテスタント同盟を結成した。これに対抗するため、1609年、バイエルン公を盟主としてカトリック連盟が結成され、ティリーは連盟の総司令官に任命された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ティリー伯ヨハン・セルクラエス」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Johann Tserclaes, Count of Tilly 」があります。




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