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ティームール : ミニ英和和英辞書
ティームール[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ティームール ( リダイレクト:ティムール ) : ウィキペディア日本語版
ティムール[ちょうおん]

ティムール( Tīmūr/Taymūr, 1336年4月8日 - 1405年2月18日)は、中央アジアモンゴルテュルク系軍事指導者で、ティムール朝の建国者(在位:1370年4月10日 - 1405年2月18日)。
中世アジアを代表する軍事的天才と評価され〔加藤九『中央アジア歴史群像』、110頁〕、中央アジアから西アジアにかけてかつてのモンゴル帝国の半分に匹敵する帝国を建設した〔羽田「ティームール」『アジア歴史事典』6巻、422頁〕。しばしば征服した都市で大規模な破壊と虐殺を行う一方、首都のサマルカンドと故郷のキシュ(現在のシャフリサブス歴史地区)で建設事業を行う二面性を持ち合わせていた〔加藤九『中央アジア歴史群像』、113-114頁〕。
== 名前と称号 ==

「ティムール」という表記はアラビア文字の綴りに由来し〔杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』(興亡の世界史, 講談社, 2008年2月)、275頁〕、ペルシア語による綴りに基づいて「ティームール」とも表記される。ペルシア語では「跛者のティムール」を意味する「タメルラング」「ティムーリ・ラング」「ティムール・イ・ラング」(Tīmūr-i Lang)とも呼ばれ、ペルシア語名のTīmūr-i Langが英語に転訛したタメルラン(Tamerlane)の名前でも知られている〔ボイル「ティムール」『世界伝記大事典 世界編』6巻、277-279頁〕〔川口『ティムール帝国』、45頁〕。「跛者のティムール(Tīmūr-i Lang)」の渾名はヨーロッパ世界でも普及し、タメルランのほかにタマレイン(Tamerlane)、タンバレイン(Tamburlaine)といった名前で呼ばれている〔。また、この名は中世モンゴル語では Temür、現代ウズベク語では Temur であり、「テムル」とも表記される。『明史』などの漢語史料では「帖木児」と表記される。
語義は「」を意味し〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、62頁〕〔川崎『チムール シルクロードの王者』、126頁〕〔クラヴィホ『チムール帝国紀行』、317頁〕、この名を持つテュルク系、モンゴル系の人物は少なくなかった。ティムール自身、一時はトゥグルク・ティムールの許におり、また、その覇道の最中で他の「ティムール」という名を持つ男達と何度か敵対している(ティムール・メリク、ティムール・タシュなど)。
ティムールはチンギス・ハーンの子孫ではなかったために生涯「ハン」の称号を名乗らず〔〔杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』(興亡の世界史, 講談社, 2008年2月)、278頁〕〔久保「ティムール帝国」『中央アジア史』、133頁〕、「キュレゲン(グルガン、ハンの婿)」「アミール(長、司令官)」の称号を名乗った〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、63頁〕〔杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』(興亡の世界史, 講談社, 2008年2月)、279頁〕。ティムールが鋳造した貨幣にはチャガタイ家のハンの名前と共にキュレゲンの称号が刻まれ、モスクの金曜礼拝でもハンの名前とキュレゲンの称号がフトバに入れて唱えられた〔。彼が没してからおよそ20年後、ティムール朝で編纂された史書『ザファル・ナーマ』で彼が生前名乗らなかった「ハーガーン(ハン)」「スルターン」の称号が追贈された〔北川、杉山『大モンゴルの時代』、372頁〕。
史家が著した年代記では、ティムールは「サーヒブ・キラーン(サーヒブ・ギラーン、Sahib Qiran、「幸運な二つの星が交わるとき生まれた支配者」〔間野英二『中央アジアの歴史』(講談社現代新書 新書東洋史8, 講談社, 1977年8月)、159頁〕、「吉兆の合(吉兆の星である金星と木星が太陽と重なる天文現象)の支配者」〔川口『ティムール帝国』、240頁〕、「星座の支配者」〔ラフマナリエフ「チムールの帝国」『アイハヌム 2008』、14頁〕)」の雅号で呼ばれている。その歴史家のうち、はティムールとともにアレクサンドロス3世を、はチンギス・ハーンとティムールの孫ウマルを「サーヒブ・キラーン」として称している〔川口『ティムール帝国』、242-244頁〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ティムール」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Timur 」があります。




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