|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 惨事 : [さんじ] 【名詞】 1. disaster 2. horrible accident ・ 事 : [こと] 【名詞】 1. thing 2. matter 3. fact 4. circumstances 5. business 6. reason 7. experience
テセルの惨事(英:Texel Disaster)は、1940年8月31日の夜に、オランダのテセル島沖で イギリス海軍の2隻の駆逐艦が沈没し、軽巡洋艦1隻と駆逐艦1隻が損傷を負った事件である。 事件は敷設途中の無標識の機雷原に駆逐群が入り込んだところで、群の駆逐艦1隻が大きな損傷を負い、この艦を救助に向かった僚艦のうちの2隻が沈没し、援護に行った軽巡洋艦1隻が帰路で同じように機雷で軽い被害を受けた。この事件での犠牲は、死者約300名さらに100名が負傷あるいは捕虜となった。 == 事件 == 1940年8月31日の夜、イギリス海軍第20駆逐群(駆逐艦エクスプレス、エスク、イカルス、イントレピッド及びアイヴァンホーで編成されていた。)は イミンガムからオランダ沿岸のテセル島北西海域へ機雷敷設に向かっていた〔U-Boat reference site entry on Ivanhoe (翻訳にあたって2010年10月16日閲覧)〕。当時、第20駆逐群は第5駆逐群の一部ケルヴィン、ジュピター及びヴォーティガンの3隻を加えていた〔。各駆逐艦が機雷を敷設している間に、ドイツ海軍部隊がテルスヘリングからイギリス本土へ向けて西へ移動していることを偵察機が発見した。このため、第20駆逐群は迎撃を命じられた〔.〕。 駆逐群がこのドイツ軍部隊に向けて行動を開始しようとしたところで、新しく敷設したばかりで標識のない機雷原に入りこみ、このためエクスプレスは機雷に接触して艦首を失う大きな損害を受けた〔.〕〔.〕。この爆発が原因で、エクスプレスは乗員175名中ビックフォード艦長(負傷)を含む90名が死傷した〔。駆逐群司令クラウチ少佐は座乗していたエスクをエクスプレスの救助に向かわせたが、エスクもまた機雷に触れてしまい艦は急速に沈み、その乗員は1名を除いてすべて死亡した〔。アイヴァンホーはこの時エクスプレスの負傷者の輸送に向かったところだったが、これも機雷に触れ大きな損傷を受け、この爆発により乗員53名が死亡し負傷者を多数出した〔。事故に遭った艦の水兵が乗った救命ボートのいくつかはオランダの海岸に漂着し、彼らはドイツ官憲により捕えられ捕虜となった〔。 9月1日にケルヴィンとジュピターを第5駆逐群から事故に遭った乗員の救助に来させ、さらに2隻の軽巡洋艦オーロラとガラティアも護衛に到着した〔〔Naval History entry for Kelvin (翻訳にあたって2010年10月16日閲覧)〕。 大破したアイヴァンホーは僚艦ケルヴィンの砲撃によって処分され、群の残った艦は母港に帰った〔。ジュピターはエクスプレスの残存部分を、収容のために派遣されたタグボートに引き継ぐまで、曳航した〔Naval history entry on Jupiter (翻訳にあたって2010年10月16日閲覧)〕。ガラティアもまた帰港の途中で機雷に触れたが、損傷はわずかですんだ〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「テセルの惨事」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|