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テッド・アバーナシー : ミニ英和和英辞書
テッド・アバーナシー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

テッド・アバーナシー : ウィキペディア日本語版
テッド・アバーナシー[ちょうおん]

テッド・アバーナシーTheodore Wade Abernathy, 1933年3月6日 - 2004年12月16日)は、メジャーリーグベースボールの右投右打の投手アメリカ合衆国ノースカロライナ州出身。
== 経歴 ==
1955年ワシントン・セネタースでメジャーデビューを果たし、いきなり40試合に登板。その後は先発の一角を任せられることもあったが満足な結果が残せず、1960年のシーズン途中にはセネタースを解雇された。
しかし1963年クリーブランド・インディアンスで3年振りにメジャー復帰を果たすと、43試合の登板で防御率2.88を記録するなど大きく飛躍。インディアンスでプレイしたのは2年だけだったが、シカゴ・カブスへ移籍して迎えた1965年には84試合、31セーブ(共に両リーグ1位)という自己最高の成績を残した。
その後、1966年はやや防御率が悪化したが、1967年シンシナティ・レッズへ移籍してからは更なる進化を遂げ、両リーグ最多の28セーブ、防御率1.27という非の打ち所のない成績を残すと、翌年は自身初の2桁勝利を記録。チーム内の最年長プレイヤーであったことも加わり、精神的支柱としてもレッズを支えた。
1969年には古巣のカブスへ復帰。ここでも56試合に登板して6年連続50試合登板を達成。防御率も3.16という十分な数字だった。翌1970年はカブス、セントルイス・カージナルスカンザスシティ・ロイヤルズの3球団を渡り歩く忙しい年になったが、ベテランの底力を見せつけ、3球団合わせて58試合、10勝を記録した。
その後はロイヤルズで2年間プレイ。現役最終年となった1972年は39歳でアメリカンリーグ最年長の選手だったが、それでも45試合に登板して防御率1.70という驚異的数字を残したため、多くのファンがまだまだやれると思う中での引退となった。
2004年に故郷のノースカロライナ州において死亡。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「テッド・アバーナシー」の詳細全文を読む




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