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デニー白川 : ミニ英和和英辞書
デニー白川[ - しらかわ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [しろ]
 【名詞】 1. white 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 

デニー白川 : ウィキペディア日本語版
デニー白川[ - しらかわ]

デニー白川( - しらかわ、本名:桑木 国照1942年 - )は日本の歌手。別名は「日本のナット・キング・コール」。
== バイオグラフィ ==
1942年神戸に生まれる。湊川神社の近くで育った〔『日本のナット・キング・コールと呼ばれた男デニー白川』 p141 〕。
1950年から3年間ほど、、ハンク・ウィリアムズなどのカントリーウエスタンを歌った〔『日本のナット・キング・コールと呼ばれた男デニー白川』 p76 〕。
小学5年生の頃より米軍キャンプにプロ歌手として派遣される。
1960年10月 コロンビア・レコードよりデビューした。
19歳のころ、ベニー桑木という芸名で、横浜市関内のナイトクラブで歌っていた〔『日本のナット・キング・コールと呼ばれた男デニー白川』 p145 〕。
1961年5月にナット・キング・コールが来日した際、身の回りの世話や通訳を担当した〔『日本のナット・キング・コールと呼ばれた男デニー白川』 p90 〕。
音楽誌「ミュージック・ライフ」の毎月の人気投票でベスト10に入った〔『日本のナット・キング・コールと呼ばれた男デニー白川』 p125 〕。
1967年11月、キングレコードより、『伊勢佐木町ブルース』をリリースした。青江三奈同名の歌よりも1カ月早いリリースであった。作曲の吉田矢健治からは第二のバーブ佐竹(1965年に作詞:山北由希夫、作曲:吉田矢の「女心の唄」で日本レコード大賞新人賞を獲得)として売り出したいとデニーは聞いた。この曲は2万8000枚売れた。
1970年12月 全日本歌謡選手権10週に挑戦、勝ち抜く〔『日本のナット・キング・コールと呼ばれた男デニー白川』 p58〕。
1980~81年 ハワイ・ロサンゼルス・サンフランシスコ・ニューヨーク・オーストラリア・シンガポール・タイ・マニラ・バンコク。香港にて巡業。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「デニー白川」の詳細全文を読む




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