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トキノキロク : ミニ英和和英辞書
トキノキロク
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


トキノキロク : ウィキペディア日本語版
トキノキロク

トキノキロクとは日本競走馬である。1960年の第20回桜花賞に優勝。翌1961年度には啓衆社賞最優秀5歳以上牝馬に選出されている。おもに大根田裕也武田作十郎らが騎乗した。
*当項目内での馬齢は旧表記(数え年)に統一する。
==経歴==
母マルタツは桜花賞優勝馬ブランドソール(繁殖名ゴールドウヱツデイング)と三冠馬セントライトの娘という良血馬で、110戦20勝という成績を挙げた頑健な競走馬だった。父は3度のリーディングサイアーを獲得したライジングフレーム半兄には障害競走重賞2勝を挙げたユーシュン(父ヴィーノーピュロー)、全姉には第1回阪神牝馬特別の優勝馬シュンメがいた。
1959年11月8日にデビュー。初戦の2着を経て2戦目に初勝利を挙げる。次に初めての重賞出走となった阪神3歳ステークスコダマの4着となり、年末のオープン戦に優勝。4戦2勝でシーズンを終える。翌1960年、緒戦のオープン2戦を連勝し、単勝2番人気で桜花賞出走となった。杉村一馬を鞍上に迎えて臨んだレースでは、先頭を切ったキユーピツトを直線で交わし、追走した1番人気のチドリ、追い込んだスターロツチを抑え優勝した。
桜花賞の次に優駿牝馬(オークス)の前哨戦として渡辺正人を鞍上にNHK盃〔この年はNHK盃と優駿牝馬が中2週東京優駿(日本ダービー)が中3週に組まれていたため、前哨戦に選んだ。なおNHK盃はこの年以降ほぼ毎年優駿牝馬まで中1週、東京優駿まで中2週に組まれるようになったため、NHK盃に出走した牝馬はトキノキロク以降は一頭もいない。〕に出走するも、ケンマルチカラの10着に敗れた。そして優駿牝馬でも1番人気に推されながらスターロツチの9着に敗れる。
その後も4歳シーズンは休みを取らず6戦してオープン競走を1勝。翌1961年は16戦を消化、オープン特別のCBC賞など6勝を挙げて最優秀5歳以上牝馬に選出された。以降も八大競走を筆頭とするタイトルは取れなかったものの、6歳シーズンを最後に引退するまでに49戦19勝という成績を残した。
競走馬引退後は故郷の村下牧場で繁殖牝馬となる。自身の産駒に際立った競走成績を挙げる馬は出なかったが、産駒の一頭・エンタープライズ(父・ゲイタイム)が、1977年の優駿牝馬優勝馬リニアクインを産んでいる〔トキノキロクとは、同一馬主・同一調教師(松田由太郎)であった。〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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