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ドイル・アレクサンダー(Doyle Lafayette Alexander , 1950年9月4日 - )はアメリカ・メジャーリーグで活躍した投手。右投右打。 アメリカ合衆国アラバマ州コルドバ出身。身長6フィート3インチ(約191cm)、体重205ポンド(約93kg)。 == 人物・来歴 == のドラフト会議でロサンゼルス・ドジャースから指名され、入団。 6月27日にメジャー初登板するが、その年は6勝6敗の成績でオフにボルチモア・オリオールズに移籍。 オリオールズでもに12勝を挙げた程度の成績で、それほど目立った活躍はなく、シーズン途中にニューヨーク・ヤンキースに移籍。 その年はトータルで13勝(ヤンキース移籍後に限れば10勝5敗)を挙げ、チームの地区優勝に貢献。 ア・リーグチャンピオンシップシリーズ (ALCS) での登板はなかったが、シンシナティ・レッズとのワールドシリーズ第1戦に先発。 しかし敗戦投手となり、シリーズも当時「ビッグレッドマシン」と言われた最強チームにかなわなかった。 この年限りでフリーエージェント(FA)でテキサス・レンジャーズに移籍。 ここでようやく開花し、移籍初年度のには17勝(11敗)をあげるが、その後2年は9勝、5勝に終わり、にはアトランタ・ブレーブスに移籍。 この年14勝をあげるが、オフには今度はサンフランシスコ・ジャイアンツに移籍。50日間に及ぶストライキのためにシーズン短縮となったも11勝を挙げたが、またヤンキースに移籍。 しかしに移籍した2度目のヤンキースでは1勝に終わり、は開幕から未勝利のままトロント・ブルージェイズに移籍。 すると、には2年連続して17勝をマーク。1984年の勝率.739(17勝6敗)はリーグ1位であった。 1985年にはチーム初の地区優勝に貢献。しかしALCSで敗れた。 は、シーズン途中にブレーブスに移籍(2度目)し、合計11勝。 には、開幕から16先発で5勝10敗に終わるが、地区優勝争いを繰り広げるデトロイト・タイガースが、後年のサイ・ヤング賞投手ジョン・スモルツを放出してまでも交換トレードで獲得し、移籍。 するとタイガース移籍後は11試合に先発して、完封3を含む9勝0敗、防御率1.53という驚異的な成績で逆転地区優勝に貢献。 またしてもALCSで敗れ、ワールドシリーズ登板はならなかった。 には14勝をあげ、37歳にして初のオールスター出場を果たす。翌はリーグ最多の18敗を喫し、この年限りで現役を引退した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ドイル・アレクサンダー」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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