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ドッガーバンク事件(ドッガーバンクじけん、)は、ロシア帝国のバルチック艦隊が日露戦争に際して極東へ向かう途上、1904年10月21日深夜から翌22日未明にかけて北海のドッガーバンク付近でイギリスの漁船を攻撃し、漁民に死傷者が発生した事件である。ハル事件(、 グーリスキイ・インツィヂェーント)、北海事件とも呼ばれる。 ==背景== 1904年、日本との戦争状態にあったロシアは、海上戦力で日本海軍に対抗するため、バルト海を担当するバルチック艦隊の主力を第二太平洋艦隊に再編し、極東へ向かわせることに決定した。10月15日、ロジェストヴェンスキー提督率いるバルチック艦隊はリバウ軍港を出港した。 日本は世界の海の支配者であるイギリスと同盟関係にあった(日英同盟)。そのためロシアは、日本艦隊が極東までのルート上のどこかで奇襲攻撃をかけてくることも想定した。ロシアは世界各地でエージェントを雇い、日本艦隊の動向を監視させた。だがこれが裏目に出た。エージェントは報奨金目当てに、日本の水雷艇を発見したと世界各地から情報を送ってきたのである〔『「坂の上の雲」では分からない日本海海戦―なぜ日本はロシアに勝利できたか』, p.225〕。 スカゲラク海峡を抜けて北海へ出たバルチック艦隊は神経過敏に陥っていた。バルト海を出ればイギリスの制海権下である。ロシアの雇ったエージェントはこの海域でも日本の水雷艇が待ち伏せしていると報告していた。日本側が偽情報を流していたとの証言も残る〔『対支回顧録 下巻 列伝』東亜同文会内対支功労者伝記編纂会、1936年、は、瀧川具和(海軍少将)の項(677~679頁)に、「三十五年一月独逸公使館附に転じ伯林駐在中日露戦役に際会し、陸の明石大佐と駢んで所謂裏面の勲功を樹てた。其の詳細は今日知る由もないが、魯国の革命派を操縦して各地に小規模の反乱を起させ、海軍にはオデツサの黒海艦隊の内乱あり。波羅的艦隊の東航予定(三十七年六月出発の筈であつた)を延期せしめ、十月漸くリバウを抜錨するや君は日本水雷艇北海方面にありとの偽宣伝を流布せしめ、或は漁船を傭うて艦隊襲撃の真似事を目論む等、露国側に動揺を与へ以て海陸の極東集中を困難ならしめんとした。」と記す。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ドッガーバンク事件」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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