翻訳と辞書
Words near each other
・ ニケア派
・ ニケイア・コンスタンティノープル信条
・ ニケイヤ信条
・ ニケシュ・アローラ
・ ニケタス・コニアテス
・ ニケフォロス
・ ニケフォロス1世
・ ニケフォロス1世 (エピロス専制公)
・ ニケフォロス1世ドゥーカス
・ ニケフォロス2世
ニケフォロス2世ドゥーカス・オルシーニ
・ ニケフォロス2世フォカス
・ ニケフォロス2世フォーカス
・ ニケフォロス3世ボタネイアテス
・ ニケフォロス・ブリュエンニオス
・ ニケヤ信条
・ ニケリーノ
・ ニケーア
・ ニケーア信条
・ ニケーア公会議


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ニケフォロス2世ドゥーカス・オルシーニ : ミニ英和和英辞書
ニケフォロス2世ドゥーカス・オルシーニ[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よ, せい]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ニケフォロス2世ドゥーカス・オルシーニ ( リダイレクト:ニキフォロス2世ドゥカス・オルシーニ ) : ウィキペディア日本語版
ニキフォロス2世ドゥカス・オルシーニ[にきふぉろす2せいどぅかすおるしーに]

ニキフォロス2世ドゥカス・オルシーニ(Νικηφόρος Β' Δούκας Orsini, Nikephoros II Doukas Orsini, 1329年 - 1359年)は、イピロス専制公国君主(在位:1335年 - 1340年1356年 - 1359年)、名目上のケファロニア宮廷伯(在位:1335年 - 1359年)。古典式慣例表記ではニケフォロス2世ドゥーカス・オルシーニ。ジョヴァンニ2世オルシーニの息子。
==名前と帰属の問題==
ギリシア系イピロス専制公としては「ニキフォロス2世ドゥカス」である。一方でイタリア系ケファロニア宮廷伯としては「ニチェフォロ・オルシーニ」(Niceforo Orsini)である。父ジョヴァンニはイタリア人ギリシア人の混血であり、母アンナは東ローマ帝国宮廷出身のギリシア人である。従って、彼の血統の4分の3はギリシア人の血が流れている事になる。彼はイピロスで生まれ、若年期をコンスタンティノポリスで過ごしていたため。ギリシア語イタリア語共に堪能であったと言われる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ニキフォロス2世ドゥカス・オルシーニ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Nikephoros II Orsini 」があります。




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.