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ハリー・ビンクリー・ハリス・ジュニア(Harry Binkley Harris, Jr. 1956年 - )は、アメリカ海軍の軍人、海軍大将、アメリカ太平洋軍司令官。 アメリカ海軍史上初めてのアジア系(日系)の大将〔陸軍にはエリック・シンセキ陸軍参謀総長・大将(退役)がいる。〕であり、日系アメリカ人としては最高の階級であり、米海軍のP-3C洋上航空哨戒の分野から初めて出た大将である。日本ではハリー・ハリスと表記されることが多い。米海軍の現在の「Gray Owl」保持者(現役の中で最古参の海軍飛行士官)。 == 生涯 == *1956年 神奈川県横須賀市で生まれる。父はアメリカ海軍兵曹長、母は神戸出身の日本人。 *1978年 海軍兵学校卒業 *飛行訓練後、海軍飛行士官を拝命。メーン州のブランズウィック海軍航空基地の第44哨戒航空隊(VP-44)に配属。P-3Cオライオン操縦士として、太平洋、インド洋、大西洋、地中海の任地を歴任。 *空母サラトガ (CV-60)の戦術行動士官。アキレ・ラウロ号事件の対応や1986年のリビア爆撃 (Operation Attain Document III〔1986年のシドラ湾での作戦〕)にも参加 *ハワイ州のバーバーズ・ポイント海軍航空基地の第4哨戒飛行隊(VP-4)作戦士官。湾岸戦争中は南西アジアに派遣された。 *日本の上瀬谷にある第1哨戒偵察航空団、第57任務部隊、第72任務部隊で三回勤務。第1哨戒偵察航空団時代の初期にはアーネスト・ウィル作戦やサザン・ウォッチ作戦に参加。 *1993年 ハーバード大学ケネディ行政大学院卒(行政学修士) *1994年 ジョージタウン大学修士(MA。国家安全保障論) *1999年 マサチューセッツ工科大学フェロー *2007-2008年 南方軍(マイアミ)作戦部長 *2008-2009年 海軍作戦部次長 *2009-2011年 第6艦隊(ナポリ)司令官 *2011-2013年 統合参謀本部(JCS)議長補佐官(国務省に対するJCS代表) *2013-2014年 太平洋艦隊(ホノルル)司令官 *2013年11月20日、東山海軍墓地(長崎県佐世保市)を訪れ、第二次世界大戦で戦死した大日本帝国海軍の軍人らを顕彰した「海の防人之碑」に献花を行った。 *2014年9月 アメリカ太平洋軍(ホノルル)司令官に指名される。 *2014年11月5日、日本の江渡聡徳防衛大臣(当時)と会談し、「尖閣諸島は日米安保条約の対象になっている」と述べ、尖閣諸島が日米安保適用範囲内にあることを確認した。 *2014年12月に上院の承認を受け、2015年5月27日にアメリカ太平洋軍司令官に就任。 *2016年1月27日、ワシントンD.C.で行った講演の中で「中国からの攻撃があれば、我々は必ず(尖閣諸島を)防衛する」と述べ、アメリカが尖閣諸島防衛の義務を負うことを改めて表明した。アメリカ政府は以前から、尖閣諸島は日米安全保障条約の適用対象に含まれるとの立場を採ってきたが、アメリカ政府・軍関係者が中国を名指しして尖閣諸島について述べることは異例であるとされる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ハリー・B・ハリス・ジュニア」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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