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ハンギョレ()は、韓国の日刊新聞である。1987年6月の民主化宣言直後の9月に発刊準備委員会が構成され、翌1988年5月に創刊された。当初の題字は「ハンギョレ新聞」()であったが、1996年10月に題字を「ハンギョレ」に変更した。なお「ハンギョレ」は「一つの民族」あるいは「一つの同胞」という意味である。 == 概要 == 漢字は一切使わないことを売り物にする。また、同紙は発刊当初から横書きを採用した。10年後には老舗の大手紙が雪崩を打って横書きを採用し、漢字をほとんど使わなくなったことを考えると、ハングル世代の立場を先取りしていたと言える。また創刊時より電算写植(CTS)を採用しているが、韓国日刊紙では初めてであった〔前掲書27頁〕。 軍政時代、民主化を主張して職を追われた新聞記者が中心になり設立された。このため朴正煕や白善燁などの元軍人を批判する。「書きたいことを書ける新聞」がキャッチフレーズで、「役員は選挙で選ぶ」「広告主にも意見する」と民主的な姿勢をアピールし、政治的立場は中道左派。 創刊当初、当初は韓国政府から治安上問題があるとされ、本社が家宅捜索を受けたり、外国人が所持していたら職務質問の対象になっていたが、現在では全国紙として認知されている。盧泰愚(元軍人)や金泳三の保守派の政権には批判的だったが、その後、金大中、盧武鉉と続く改革・進歩派の政権では、比較的政府に好意的であった。ただし、2006年頃から迷走した盧武鉉政権には批判的で、。半面、経営は苦しく、盧武鉉政権下で成立した新聞法では、有償・無償の事業資金の支援を受けた〔『新聞発展委、報道機関12社に計157億ウォン支援』 、朝鮮日報、2006年7月5日。盧武鉉は個人としてもハンギョレを支援しており、出資や増資に応じていた。また、ハンギョレが経営難を打開する為に始めた新聞発展基金運動では、大統領職の1ヶ月分の給与を提供することを約束した。『盧大統領、ハンギョレ新聞に「発展基金」寄託へ 』、朝鮮日報、2005年6月29日。〕。 従来、公式の日本語サイトがなかったため、有志による日本語訳ブログがあり〔『』 、、2009年3月13日。〕〔日本語訳 、ハンギョレ・サランバン、2009年3月14日。〕、韓国側公式サイトよりリンクが貼られていたが、公式サイトの日本語版が発足したことに伴い、2012年10月15日をもってハンギョレ・サランバンの更新は停止した。また2014年2月28日、ハフィントンポストと提携して、ハフィントンポストコリアにニュースを配信している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ハンギョレ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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