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パブロ・ピニジョス
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パブロ・ピニジョス
パブロ・ピニージョス(Pablo Pinillos, 1974年7月9日 - )は、スペイン・ラ・リオハ州出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(右サイドバック)。 == 経歴 == 1996年にセグンダ・ディビシオンB(3部)のポンテベドラCFに移籍する前は1日8時間の煉瓦工として働きながらプレーしていた〔El fútbol según Pinillos La Voz de Galicia、2008年10月15日 〕。1997年にデポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍したが、2シーズンで7試合しか出場できず、再び下部リーグに活躍の場を求めた。なお、CDトレドやSDコンポステーラでセグンダ・ディビシオンBに3度降格し、レバンテUDでセグンダ・ディビシオン(2部)へ1度の降格を経験しており、SDコンポステーラではセグンダ・ディビション昇格、レバンテUDではプリメーラ・ディビシオン(1部)昇格を経験した。このように、1999年から2005年までの期間は毎シーズン昇降格を繰り返した。レバンテUDに所属していた2005年1月には、練習中に愛車のBMWのガラスを割られ、携帯電話を盗まれる事件に遭った〔マンチェフとピニージョスの携帯が練習中に盗難 livedoorスポーツ、2005年1月12日〕。2004-05シーズンはセグンダ・ディビシオン降格となった。 2005年夏、レバンテUD時代の恩師マヌエル・プレシアード監督が率いるラシン・サンタンデールに移籍。守備陣に不可欠な選手となり、キャプテンも任された。2007-08シーズンにはリーグ戦でディフェンダー最多の32試合(2716分)に出場し、6位となって歴史的なUEFAカップの出場権獲得に携わった。2008-09シーズン、34歳のピニージョスはリーグ戦で29試合に出場し、UEFAカップでは3試合に出場した。2009年4月のアスレティック・ビルバオ戦(1-2)でプリメーラ・ディビション初得点となるPKを決めた〔Athletic Bilbao 2-1 Racing Santander ESPN Soccernet、2009年4月26日〕。2009-10シーズンは23試合に出場し、2010-11シーズンはリーグ戦20試合に出場(先発は19試合)した。2010年9月23日のセビージャFC戦(1-1)では開幕から3連勝の相手に対して引き分けに持ち込む同点弾を決め、2011年2月のヘタフェCF戦(1-0)では決勝点となるPKを決めた。ラシン・サンタンデールでは6シーズンで公式戦通算189試合に出場し、全クラブ通算ではプリメーラ・ディビシオンとセグンダ・ディビシオン合わせて354試合に出場した。2011年7月上旬、37歳にして現役引退を発表し、同時にラシン・サンタンデールのコーチ就任を発表した〔Pinillos pasa a formar parte del staff técnico del Racing ラシン・サンタンデール公式サイト、2011年7月11日 〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「パブロ・ピニジョス」の詳細全文を読む
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