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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ビクトリーアップは日本の競走馬。1998年中山大障害(秋)に優勝した。 1995年12月の芝マイルの新馬戦で競走馬として初出走したが、最下位の16着に敗れた。その後はダート中距離で2着3回、3着4回と健闘したが、結局、11月の未勝利戦終了までに勝つことができず、その後去勢して7か月半の放牧に出された。1997年6月に復帰して500万以下競走を4戦したが10、7、10、13着と惨敗した。その那須トレーニングセンターで障害練習を行い8か月の1998年4月に障害競走で初出走を行った。障害では4戦目で初勝利を挙げ、400万以下も3戦目で勝ちあがってオープン入り。続く東京障害特別(秋)では55kgの軽ハンデを活かして後方から追い込み2着と健闘。 次走の障害オープンを勝って臨んだ中山大障害(秋)では先行したノーザンレインボーが落馬、ゴッドスピードがバテて崩れるなか、中団から楽に抜け出し2着のメジロファラオに1.7秒差をつけて大差勝ち。鞍上の横山義行は重賞初勝利、そして吉永正人は調教師としてはこれが唯一の重賞勝ちとなった。 翌1999年は阪神スプリングジャンプで始動するが終始後方のまま11着に惨敗。続く中山グランドジャンプでは不良のコンディションのなか先行各馬を捕らえられず4着にとどまり、京都ジャンプステークスでレース半ばに故障を発生し、そのまま引退した。 引退後は東武動物公園内の乗馬クラブクレインにて乗用馬生活を送っていたが、2001年の暮れに腸捻転により死亡した。 == 血統表 == *牝系はラトロワンヌ系であり、3代母スイートエイトの半弟に天皇賞馬メジロアサマがいる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ビクトリーアップ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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