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ビルバオ・グッゲンハイム美術館(, , )は、スペイン・ビルバオにある美術館。近現代美術が専門であり、1997年10月18日に開館した。アメリカのソロモン・R・グッゲンハイム財団が設立したグッゲンハイム美術館の分館のひとつであり、建築家のフランク・ゲーリーが設計を担当した。 ビルバオ市中心部のアバンド地区にあり、ビルバオ市内を流れるネルビオン川に隣接している。国内外の作家による常設展示や特別展示が行われている。ビルバオ・グッゲンハイム美術館の建物は現代建築でもっとも称賛される作品のひとつであり、「この建物についての評価で批評家・学者・公衆が完全に一体となる稀な瞬間」があるとして、「建築文化における注目に値する瞬間」(signal moment in the architectural culture)として称えられている。2010年に世界建築調査機関が建築家に対して行った調査では、1980年以降の30年間でもっとも重要な建築物のひとつとして頻繁に名前を挙げられる〔。2007年の入場者数は1,002,963 人〔AOL〕、2008年の入場者数は951,369人〔El Guggenheim de Bilbao recibe un 5% menos de visitas El Mundo、2009年1月12日〕だった。 == 歴史 == 1991年、バスク州政府はソロモン・R・グッゲンハイム財団に対して、ビルバオの老朽化した港湾地区にグッゲンハイム美術館を建設することを提案した〔Templer, Karen. "Frank Gehry" Salon、1999年10月5日、2012年3月27日閲覧〕〔"Guggenheim Museum Bilbao" The Solomon R. Guggenheim Foundation、2012年4月4日閲覧〕〔Security tight before Guggenheim Museum opens in Basque city CNN、1997年10月18日〕。バスク州政府は1億USドルの建設費用を負担すること、5,000万USドルを作品の新規購入費用に充てること、グッゲンハイム財団に対して展示会1回あたり2,000万USドルを支払うこと、美術館の年間予算1,200万USドルを補助することなどを承諾した。これらの代わりにグッゲンハイム財団は美術館を管理し、財団が所蔵する作品の一部を回して特別展を開催することを承諾した〔Riding, Alan. "A Gleaming New Guggenheim for Grimy Bilbao" The New York Times、1997年6月24日〕。グッゲンハイム財団は世界分館構想を持ち、ニューヨークのグッゲンハイム美術館、ヴェネツィアのペギー・グッゲンハイム・コレクションのほか、グッゲンハイム・ラスベガス、ドイツ・グッゲンハイム・ベルリンなど、世界各地に美術館を持つ拡大路線を志向している。 クライアントのグッゲンハイム財団は、誰も見たことがないようなユニークなデザインとソロモン・R・グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)の吹き抜け空間のような劇的な効果を美術館に求めた〔本田ほか(2009)、p.217〕。建築家を選出するコンペはドイツのフランクフルト・アム・マインで少人数によって行われ、スペインで人気があった〔磯崎新は1990年開場のパラウ・サン・ジョルディ(バルセロナ)を設計しており、このスポーツ施設は1992年のバルセロナオリンピックで使用された。〕日本人建築家の磯崎新、オーストリアの設計会社ヒンメルブラウ、数年前にプリツカー賞を受賞していたアメリカ人建築家のフランク・ゲーリーなどが参加した〔。最終的にコンペを勝ち抜いたのはゲーリーだったが、ゲーリーが美術館を設計するのは初めてだった〔。ゲーリーは1993年初頭にデザインを提出し、10月22日に起工式が行われた〔京都外国語大学(2003)、p.157〕。 建物はフェロビアル社によって建設され〔Ferrovial history 〕、1997年秋に落成式が行われた〔京都外国語大学(2003)、p.147〕。建設費用は8,900万USドルだった〔Ouroussoff, Nicolai. "The Architect's New Museum in Bilbao, Spain, Emerges as a Testament to One Man's Optimism Amid a Landscape of Industrial Decay" Los Angeles Times、1997年6月2日〕。建物は日程面でも予算面でも予定通りに建設され、この種の建築物の中では稀な部類である。KLMオランダ航空は建築費として100万USドルを寄付した。1997年10月17日、正式開館日の前夜に屋外で行われたプレオープンイベントには5,000人のビルバオ市民が出席し、ライトショーやコンサートなどを楽しんだ。10月18日、フアン・カルロス1世によって開館が宣言された〔。グッゲンハイム美術館の設計などが評価され、ゲーリーは1998年に第1回フレデリック・キースラー建築芸術賞を受賞した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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