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ピサ大聖堂(ぴさだいせいどう)は、イタリア・トスカーナ州、ピサに位置する「ピサのドゥオモ広場」に建てられた、ロマネスク時代を代表する建築物の一つである。ドゥオモ広場はピサのアルノ川の河畔に位置する広場で、1987年にユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されている。広場には大聖堂の他に、洗礼堂や墓所回廊、そして傾きで有名な鐘塔(通称:ピサの斜塔)があり、これら複数の建築物が集合体として全体的に統一された外観を呈していることから、通称「奇跡の広場」(Campo dei Miracoli)とも呼ばれている〔『建築と都市の美学 イタリアⅢ優美 ロマネスク・ゴシック(初版)』 23頁〕。 大聖堂の建設作業には多くの芸術家と建築家が携わり、1063年から1118年および1261年から1272年と2回に分けて長期にわたり建設された。大聖堂の建築には様々な建築技術や装飾手法が施されており、大聖堂を象徴する十字架型平面形は、合理主義の傑作とも言われている〔『空から見る驚異の歴史シリーズ 世界の大聖堂・寺院・モスク』 10頁〕。 == 歴史 == 11世紀、イタリア中部のトスカーナ地方が市民による自治都市の時代になると、当時世界交通の中心に位置した公益共和国の都市であるピサは、ルッカ、フィレンツェとともに繁栄し、トスカーナ地方で勢力を誇った〔『チチェローネ[建築編]〜イタリア美術作品享受の案内〜』 112頁、 『建築と都市の美学 イタリアⅢ優美 ロマネスク・ゴシック(初版)』 22頁〕。同時に、この時代の各地にはキリスト教信仰の中心地が確立し、その富と権勢の大きさを表す手段としてピサ大聖堂が作られるようになった〔『世界名建築物の謎 世界中から選ばれた50の名建築物をひとつひとつ解読』 24頁〕。 大聖堂は1064年、都市国家であるピサがイスラム軍と地中海貿易の覇権をアラブ勢力と争い大勝した「パレルモ沖海戦」を記念して起工された〔『空から見る驚異のシリーズ 世界の大聖堂・寺院・モスク』 10頁〕。ギリシア人ブスケット(Buscheto)の設計、指導の下に着工が行われ、12世紀にライナールド(Rainaldo)がファサードを完成させた。大聖堂の建設にかかった期間は1064年から1118年と約半世紀にもわたるとされる。それから34年後の1152年には洗礼堂が、さらにその19年後の1173年には鐘塔が、大聖堂の周りに建設され始めた。それぞれの建築物は14世紀後半に完成され、現在のドゥオモ広場が生まれた〔『建築と都市の美術 イタリアⅢ優美 ロマネスク・ゴシック(初版)』 23頁〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ピサ大聖堂」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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