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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
フィールドルージュ (''Field Rouge'') は日本の競走馬である。馬名は冠名と父のクロコルージュの馬名の一部「ルージュ」が由来となっている。曾祖母はメジロラモーヌである。 == 経歴 == 2004年(2歳)、デビュー戦は9月12日に札幌競馬場で行われた芝の2歳新馬戦で5番人気で3着となった。なおこのレースの1番人気はシンボリグランで5着となっていた。続く10月10日の未勝利戦は11着で、レース後は休養に入ることになった。 2005年(3歳)、実戦復帰は4月23日のダートの3歳未勝利戦で10番人気で5着となり、次の5月15日の未勝利戦を制し、デビュー4戦目で初勝利を挙げた。続く昇級初戦の3歳上500万下レースも制し、1000万下クラスに昇級した。昇級初戦の竜飛崎特別(1000万下)で4着となり休養に入った。 2006年(4歳)、1月15日に実戦復帰し、9番人気で2着となった。次も2着となり、昇級4戦目でビッググラスを相手に勝利し準オープン馬となった。この時騎乗していた松永幹夫にとっては騎手として最後の騎乗で最後の勝利を挙げた。続く韓国馬事会杯(1600万下)も制し、オープン馬となった。オープン初戦は初の重賞となったアンタレスステークスで7番人気で4着に入った。続く大沼ステークスを制し、オープン競走初勝利を挙げた。その後マリーンステークスでは1番人気に支持されたが2着だったものの武蔵野ステークスで8番人気で3着、GI初挑戦となったジャパンカップダートでも8番人気で3着と安定した走りを見せたが、2006ファイナルステークスでは単勝1.8倍の1番人気に支持されたが4着だった。 上述の、2月25日の阪神競馬場での第12レース4歳上1000万下のレースは、松永の騎手引退レースで、さらに松永が第11レースの阪急杯を制したことにより中央通算1400勝まであと1勝だった。さらに、前走2着の実力を評価する票が重なり、単勝1.5倍の圧倒的な1番人気となった。記録達成への貢献により当時条件馬ながら注目を浴びた。松永は競走後、関係者に「この馬は将来、大きいところを獲りますよ」と語る。 2007年(5歳)、この年初戦の平安ステークスでは1番人気に支持されたがまたも人気を裏切り7着、続くフェブラリーステークスは6番人気で5着だった。レース後は放牧に出され、帰厩後は前年と同じローテーションを使うことになり、連覇を目指す大沼ステークスからの始動となった。レースではトップハンデとなる57.5kgを背負わされたが見事連覇を達成した。続く前年2着だったマリーンステークスも制し、武蔵野ステークスは3番人気で4着、第8回ジャパンカップダートでは6番人気ながら2着となった。次走は前年の2007ファイナルステークスと違う名古屋グランプリに出走し、単勝1.6倍の圧倒的1番人気に応え重賞及びダートグレード競走初勝利を挙げた。父にとっても産駒の日本の重賞及びダートグレード競走初勝利となった。 2008年(6歳)、初戦は川崎記念に出走。人気を集めると思われたヴァーミリアンやサンライズバッカスが取り消したこともあったが、4コーナーで先頭を行くフリオーソを捕らえにかかり、直線半ばで先頭に立つとそのまま突き放して初のJpnI競走勝利をあげた。その後、ヴァーミリアンとの父親世代からの因縁の対決となったフェブラリーステークスに出走し、2番人気の支持を集めるもスタート直後につまづき、自身の左後肢で左前脚をぶつけて落鉄。異変を察知した鞍上の横山典弘が3コーナー手前で競走を中止。レース後、左肩跛行と診断された。半年間の休養後、11月3日のJBCクラシックに出走したが、5着に終わった。その後、陣営はジャパンカップダートを回避し、彩の国浦和記念への出走を決めたが、同競走では2番人気に支持されるも、勝ったスマートファルコンから大きく突き放された4着に敗退した。レース後に屈腱炎が判明したため、長期休養することになり、2009年(7歳)、2010年(8歳)は1回も出走することはなかった。 2011年(9歳)、復帰戦となったアンタレスステークスではスタート直後に落馬し競走を中止。その後、東海ステークスに出走予定だったが右肩跛行で出走取消となった。帝王賞では中団から追走するが直線で伸び切れず5着に敗れた。休養後、11月3日のJBCクラシックに出走したが、スマートファルコンの6着に終わった。11月9日付けで競走馬登録を抹消し、函館競馬場で誘導馬となる。2014年12月からは功労馬繋養展示事業の助成を受け、高知県の土佐黒潮牧場で過ごしている〔引退名馬 - フィールドルージュ 2015年2月27日閲覧〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「フィールドルージュ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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