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フォボス1号(ロシア語:Фобос-1)は1988年にソビエト連邦によって打ち上げられた火星探査機。火星に加えて衛星フォボスの探査も行うことになっていたのでこの名が付けられた。火星へ向かう途中で交信が途絶えたため観測計画は失敗に終わっている。姉妹機としてフォボス2号がある。 == 概要 == フォボス1号はフォボス計画で製造された2機の同型の探査機の1つである。1988年7月7日にバイコヌール宇宙基地からプロトンロケットで打ち上げられ、火星へ向かう軌道に乗った。 1988年9月2日、定期的な通信を行うために、火星へ向かっていたフォボス1号にアンテナを向けたが、通信は成功しなかった。その後交信を回復できないまま計画は失敗した。 調査の結果、8月29日から8月30日にかけて探査機にアップロードされたソフトウェアに問題があったことが判明した。このソフトウェアには探査機の姿勢制御スラスターを停止させるという致命的なエラーが含まれていた。姿勢制御が正常に行われなくなった結果、探査機は姿勢を崩して太陽電池パネルを太陽に向けられなくなり、バッテリを使い果たしてしまったと考えられている。 致命的な問題を含んでいたこの誤ったソフトウエアの指示がなぜ実行されてしまったのかを調査した結果、この指示は地上試験ではルーチン的に使われていたもので、打上げ前にPROM (programmable read-only memory) から外しておくべきものであった。しかし、実際にはこのテスト用のコードは外されること無く打上げられた。原因は、打上げまでのスケジュールが厳しかったため、PROM内のコードをクリアするための装置を使う余裕がなかったことである。代わりにこの使用予定ないコマンドシーケンスを安全な状態にロックして打ち上げることにされた。しかし、アップロードされた(ガンマ線分光計を起動させる)コマンドシーケンスに1文字のエラー(抜け)があり、これが不運なことにテスト用のプログラムを走らせるコードになってしまった。衛星は姿勢を喪失して回転した状態になったが、2日後に行われた次の交信時までこの異常に気づかなかったため、衛星喪失につながってしまった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「フォボス1号」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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