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フォンターナ広場爆破事件 : ミニ英和和英辞書
フォンターナ広場爆破事件[ふぉんたーなひろばばくはじけん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
広場 : [ひろば]
 【名詞】 1. plaza 
: [ば]
 【名詞】 1. place 2. field (physics) 
: [ばく]
  1. (int) exclamation 2. burst of laughter
爆破 : [ばくは]
  1. (n,vs) blast 2. explosion 3. blow up 
: [こと]
 【名詞】 1. thing 2. matter 3. fact 4. circumstances 5. business 6. reason 7. experience 
事件 : [じけん]
 【名詞】 1. event 2. affair 3. incident 4. case 5. plot 6. trouble 7. scandal 
: [くだん, けん]
 【名詞】 1. matter 2. case 3. item 

フォンターナ広場爆破事件 : ウィキペディア日本語版
フォンターナ広場爆破事件[ふぉんたーなひろばばくはじけん]

フォンターナ広場爆破事件(フォンターナひろばばくはじけん、)は、1969年12月12日ミラノのフォンターナ広場(:it:Piazza Fontana)に面した全国農業銀行(:it:Banca Nazionale dell'Agricoltura)が爆破された事件である。1980年ボローニャ駅爆破テロ事件などとともに、冷戦期にアメリカ合衆国北大西洋条約機構(NATO)が操っていた謀略活動「グラディオ作戦」の一環であると見られている〔"Strage di Piazza Fontana – spunta un agente Usa" ラ・レプッブリカ1998年2月11日 2014年1月2日閲覧〕。
==概要==

この爆弾テロ事件は1969年12月12日の午後4時37分に発生、17人が死亡、88人が負傷した。いまなお真相は明らかになっていない。
同日スカラ座ローマ市内3か所でも爆破事件が起きており、「鉛の時代(:it:anni di piombo)」―武装組織によるテロの相次いだ重苦しいイタリアの1970年代―を迎える端緒となった。
警察捜査によると極右団体がこの爆弾テロを企てたとされている。その動機は、当時共産党が大きな勢力となっていたイタリア全国で極左勢力によるものと見せかけたテロ事件を起こすことで、イタリア社会に緊張の連続を強いて、無能な政府に対して、民衆を反共産主義の暴動へ駆り立てようという理由だった。
爆破事件3日間の後、警察官に犯人としてジュゼッペ・ピネッリ(:it:Giuseppe Pinelli)という無政府主義者が逮捕された。しかし、ピネッリはミラノ警察署の4階から「飛び降り」亡くなってしまった。警察は「自殺」と言い、無政府主義者たちは「他殺」と言ったまま、真相は謎のままである。しかし、この事件の結果、左翼団体のテロリスト(赤い旅団)はルイジ・カラブレージ(:it:Luigi Calabresi)というミラノの警察分署長を殺したようである。
イタリアの捜査当局は、ネオファシズム団体":it:Ordine Nuovo (movimento)"に加入していたデルフォ・ゾルジに主犯格の容疑をかけた。1974年に日本に渡ったゾルジについて、1980年代2000年3月30日の2度にわたり、イタリア政府は日本政府に対し身柄引き渡しを求めた。1997年イタリアの捜査当局は国際刑事警察機構を通じて日本の警察庁国際手配を要請した〔第147回国会 衆議院決算行政監視委員会第一分科会 2000年4月20日 〕。ミラノ地裁は2001年6月、車で爆弾をミラノに運んだとする証言を根拠に、被告人不在のままゾルジに終身刑判決を出した。2004年3月12日ミラノ高裁は証言は信ぴょう性に欠けるとして逆転無罪判決。イタリア最高裁は2005年5月3日、高裁判決を支持し、ゾルジの無罪が確定した〔「爆弾テロ事件で無罪確定 東京在住のイタリア人男性 」共同通信2005年5月4日〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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