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フツ・パワー (英: ''Hutu Power'', 仏: ''pouvoir hutu'', ''pouvoir par les hutu'', ''フトゥに権力を'') は、過激派フツおよびアカズと呼ばれるハビャリマナ政権中枢の有力者らにより提起されたフツ至上主義からなるイデオロギーである。このイデオロギーは、1994年のルワンダ虐殺においてツチや穏健派フツへの虐殺を招く要因となった。 == 歴史的背景 == 近年の研究では、フツとツチは宗教、言語、文化に差異が無く、また互いの民族間で婚姻がなされていたこと、19世紀まで両民族間の区分は甚だ曖昧なものであったこと、さらにはツチがフツよりも後から移住してきたという言語学的・考古学的証拠が無いことから、この民族はもともと同一のものであったのが、次第に牧畜民と農耕民へ分化したのではないかと考えられている〔饗場和彦「ルワンダにおける1994年のジェノサイド」『徳島大学社会科学研究』第19号 2006年1月 pp38-39〕〔武内進一 『現代アフリカの紛争 歴史と主体 』、日本貿易振興機構・アジア経済研究所、2000年1月、pp.247-292。〕。牧畜を行うツチは、農耕民であったフツや狩猟民であったトゥワと比較して資産的に有利であり、そのために高い社会的地位を得るようになっていった結果として、ムワミと呼ばれるツチの王が支配するルワンダ王国が15世紀頃に形成された。ただし、このルワンダ王国は現在のルワンダ全土を治めていたわけではなく、王権が十分に届いていなかった地域ではルワンダ王国に属さないフツの独自の国も存在していたことが知られている〔『現代アフリカの紛争と国家』pp.345-346。〕。 しかし、特に、ジョン・ハニング・スピークなどのヨーロッパ人著作家は、自身の書籍で"ツチは「」に起源を持ち、現在のエチオピアに該当する地域からこの地域へ侵入したナイル系民族 (:en:Nilotic) で、「ネグロイド」のバントゥー系民族に属するフツに文明をもたらしたのだ"とする『』強く主張した。後に植民地化を行うドイツやベルギーはルワンダの状況をハム仮説に基づいて解釈し、最も優れた民族であるツチ(牧畜民族)が、劣ったフツ(農耕民族)や、最も劣ったトゥワ(狩猟民族)を支配していると理解した。その結果として、植民地当局はツチを間接統治者とし、フツとトゥワを支配させた。さらに1930年代にはベルギー植民地当局がIDカード制を導入し、ツチとフツの民族を完全に隔てたものとして固定を行い〔饗場和彦「ルワンダにおける1994年のジェノサイド」『徳島大学社会科学研究』第19号 2006年1月 p.40〕、民族の区分による統治システムを完成させることで、後のルワンダ虐殺の遠因となる二つの民族を確立した〔鶴田綾「ルワンダにおける民族対立の国際的構造 : 1959年‒62年」『一橋法学』7(3): 779-816, 2008年11月, p.787〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「フツ・パワー」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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