|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。
黒色オベリスク(こくしょくオベリスク、)は1846年にニムルドで出土した石碑。大英博物館が所蔵する。アッシリア王シャルマネセル3世の前でひざまずく北イスラエル王イエフ(エフー)の姿が彫られている。ブラック・オベリスクとも言われる。 == 歴史 == 前853年に北イスラエル王アハブを含む12人の王たちとカルカルで対決したシャルマネセル3世は、前841年に再びパレスチナに進軍してダマスコを包囲した。北イスラエル王エフーは戦いを回避するために貢物を送った。聖書の記述によると、北イスラエル王エフーは前王朝であるオムリ王朝で拝まれていた偶像を破壊したが、偶像礼拝の撤廃が不完全であったので、その罪のために神によりイスラエルの領土が奪われ始めていた。〔第二列王記10章32節〕 このオベリスクはシャルマネセル3世のパレスチナ遠征の成功を記念して作成されたものである。北イスラエルがシャルマネセル3世のアッシリアに屈服したことを公に示している。 レリーフには「オムリ家のエフー」と書かれているが、オムリ家はエフーが滅ぼした前王朝の名前である。 楔形文字で記された碑文の内容は、王の軍事遠征と英雄的行為について述べており、単調さに疲れる表現ともとれる。 :余はシャルマネセル、全国民の王、アッシュル(神)の祭司・・・・大いなる王、四方世界の王、すべての国民にとっての太陽、全世界の征服者、アッシュルナツィルパルの息子・・・・全世界をその足下に額づかせ・・・・敵対するすべての地を竜巻のように蹴散らし、服従させた。・・・・ 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「黒色オベリスク」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Black Obelisk of Shalmaneser III 」があります。 スポンサード リンク
|