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ブリトマルティス : ウィキペディア日本語版
ブリトマルティス
ブリトマルティス()は、ミノア文明における山と狩猟の女神である。ミケーネ文明に受け継がれてギリシア神話の一部となり、徐々によくわからない存在となっていった〔数少ない考古学上の証拠や文献からの推測によると、ミノア文明起源とされるギリシア神話の女神としては他にヘーラーデーメーテールアルテミスエウローペーエイレイテュイアレートーレウコテアーレアーパーシパエーアリアドネーヘレネーがいる。次の文献に詳しい。
Martin P. Nilsson, ''The Minoan-Mycenaean Religion and Its Survival in Greek Religion'' 2nd ed. (Lund) 1950
Walter Burkert, ''Greek Religion'', 1985:10-47.〕。ギリシア人にとって、ブリトマルティス(クレータ島方言で〔ソーリーヌスの『奇異なる事物の集成』 2.8 によれば、この単語はギリシア語ではない。ソーリーヌスはブリトマルティスがクレタ島のアルテミスだと断定している。
H. J. Rose, ''A Handbook of Greek Mythology'' (New York) 1959:117 でテオドール・モムゼン版(1864年)を引用〕「甘美な少女」、「甘美な処女」を意味する〔ソーリーヌス、『奇異なる事物の集成』 ix.8.〕)またはディクテュンナヘレニズム期に ''diktya'' すなわち「狩猟網」から派生〔例えば「…みんなは捕らえられたが、彼女は崖から海に飛び込み漁師の網にかかって助かった。その後キドニア人は彼女をニュンペー・ディクテュンナ(網の婦人)と呼び、そのニュンペーが逃れた丘を"網の丘" (Diktaion) と呼ぶようになった」Callimachus, ''Ode 3 to Artemis'', 188ff.〕)は山のニュンペー(山精)であり、アルテミスアイギーナ島の「見えない」守護神アパイアーとも同一視していた〔K. Pilafidis-Williams, ''The Sanctuary of Aphaia on Aigina in the Bronze Age'' (Munich: Hirmer) 1998, ではアイギーナ島独特の信仰を解説しているが、後世のアパイアー信仰をアイギーナ島でのブリトマルティス信仰に遡及させることには慎重である。ブリトマルティスとアパイアーを明確に同一視している例として パウサニアスの『ギリシア案内記』 ii.30.3 と シケリアのディオドロスの『歴史叢書』 v.76.3 がある。〕。
== 概要 ==

ブリトマルティス(甘美な乙女)は通り名であって女神の名前ではないし〔キリスト教での例を挙げると、よりいっそうわかりやすいかもしれない。イエスの母マリアの通り名として ''Mater dolens'' (悲嘆に暮れる母)や ''Blessed Virgin''(祝福された処女)があるが、「悲嘆に暮れる」、「母」、「祝福された」、「処女」という属性は示されているが「マリア」という名前は出てこない。〕、厄除けの婉曲法であって女神の性格も示していない〔「彼女の名は "よき乙女" を表すと見られるが、アリスタイオスカリストーと同様にその反対の "死の乙女" を意味する婉曲表現と考えられる」 (Carl A.P. Ruck and Danny Staples, ''The World of Classical Myth'' Academic Press , 1994:113).〕。ブリトマルティスと呼ばれる女神は、クレータ島でポトニア (Potnia)すなわち「女主人」のある面を表したものとして崇拝されていた。このクレータ島の女神の最古の側面は「山の母」であり、ミノア文明の印章 (en) にゴルゴーンのような悪魔的特徴を備えた姿で描かれていて、力の象徴として両刃の斧(ラブリュス)を身につけ、神聖なヘビをつかんでいた。この恐ろしい側面を「ブリトマルティス」すなわち「よき乙女」と婉曲法で呼ぶことで鎮め、和らげていた。
ブリトマルティスについての太古の神話はその力とそれが及ぶ範囲を減らすことを常に語っており、文字通り彼女を網に捕らえるものまである(ただし、これは彼女自身が捕らえられたかったからだという)。ギリシアの著作家は伝統的な家父長制度的バイアスからこの女神の地位を逆転させた。すなわち、もともと幼いゼウスディクテー山の洞窟にかくまっていたとされるブリトマルティスをゼウスの娘とし、オリュンポス十二神アルテミスであるとした。しかしこの太古の女神は消え去ったわけではなく、クレータ島の都市が発行する硬貨にはブリトマルティスあるいはゼウスの生誕地であるディクテー山の女神ディクテュンナが描かれ続けた。ディクテュンナとしては翼と人間の顔を持っていて、ディクテー山に立ち、両手に動物をつかんだポトニア・テローン(百獣の女王)の姿で描かれる。後のギリシア人は「百獣の女王」とは女猟師のことだと想像することしかできなかったが、初期の印章にはグリフォンに授乳する姿も描かれている。アルテミスは初期には翼を持った姿で描かれることがあったが、これはその出自の1つがポトニア・テローンであることを示している。
ヘレニズム期および古代ローマのころには、ブリトマルティスは次のような系譜に収まるようになっていた。
「ブリトマルティスは神話によってはディクテュンナとも呼ばれ、デーメーテールの息子エウブーロスの娘カルメー〔カルメーは穀物収穫の妖精である。〕とゼウスの子で、クレータ島のKainoで生まれた。彼女は狩猟に使う網 (diktya) を発明した。〔シケリアのディオドロス、『歴史叢書』5.76.3.〕

カリマコスのアルテミスへの3番目の賛歌によれば、ミーノースに追われていたディクテュンナ(網の婦人)が海に身を投げ、漁師の網にかかって助けられ、その漁師がギリシア本土に彼女を送り届けたという。この神話の断片はクレータ島の女神がギリシアに広まったことを「説明」している。しかしシケリアのディオドロスはこれを疑わしいとしている。すなわち、女神ともあろう者がただの人間に助けられるとは考えられないとした〔。ストラボンは、ディクテュンナ信仰が見られるのはクレータ島西部のキドニア周辺だけで、そこにディクテュンナイオン(ディクテュンナ神殿)があったと記している。シケリアのディオドロスの『歴史叢書』 (5.76.3) では「彼女はアルテミスと一時期を共に過ごしたため、一部の人がディクテュンナとアルテミスを同じ女神と考えたのだろう」と示唆している。神話の逆転の最終形態は2世紀のパウサニアスの『ギリシア案内記』 (2.30.3) にあり、「彼女はアルテミスによって女神となり、クレータ島だけでなくアイギーナ島でも祀られている」としている。
ミノア芸術やギリシア各地の硬貨・印章・指輪の図像ではブリトマルティスは悪魔的な姿で描かれており、両刃の斧を持ち、野獣を従えている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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