翻訳と辞書
Words near each other
・ ブリル・ビルディング
・ ブリル協会
・ ブリル-ジンサー病(再発性流行性発疹チフス)
・ ブリロ
・ ブリン
・ ブリンFK
・ ブリンぶりん家
・ ブリンカドール
・ ブリンカー
・ ブリンカー (ライフゲーム)
ブリンガー
・ ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム
・ ブリンク 182
・ ブリンク-182
・ ブリンク182
・ ブリンクス
・ ブリンクス・ザ・タイムスイーパー
・ ブリングアップ
・ ブリングリング
・ ブリングルス


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ブリンガー : ミニ英和和英辞書
ブリンガー[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ブリンガー ( リダイレクト:ハインリヒ・ブリンガー ) : ウィキペディア日本語版
ハインリヒ・ブリンガー[ちょうおん]

ヨーハン・ハインリヒ・ブリンガー(Johann Heinrich Bullinger、1504年7月18日 - 1575年9月17日)は、スイス宗教改革者で、フルドリヒ・ツヴィングリの後継者として、宗教改革で重要な神学者。「契約神学の父」と呼ばれる。
1504年チューリヒ郊外のブレムガルデンで祭司の子として生まれた。12歳の時に、ドイツエメリヒの共同生活兄弟団の学校に入学し、その後ケルン大学に進みスコラ学を学んだ。独自に教父学新約聖書の研究を行い、ルターメランヒトンの著作に触れて、教父の教えと一致することを発見し、1522年ごろルターに近い考えをもった。
1523年からカッペルの修道院付属学校で教師をし、修道院にプロテスタントの影響を与えた。修道院付属学校在任中に、ツヴィングリに会う。1528年より、ツヴィングリに同伴して、ベルン討論にも参加した。
1529年修道院付属学校の教師を止め、ブレムガルテンの牧師になり、1531年に亡きツヴィングリの後継者として、チューリヒの大聖堂教会牧師になり、死ぬまで留まり150篇ほどの著作を残した。
== 参考文献 ==

*ロベルト・シュトゥッペリヒ『ドイツ宗教改革史研究』ヨルダン社、1984年
*『新キリスト教辞典』いのちのことば社、1991年




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ハインリヒ・ブリンガー」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.