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プリモ・カルネラ
プリモ・カルネラ(Primo Carnera、1906年10月26日 - 1967年6月29日)は、イタリアフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州セクアルス生まれのプロボクサー、プロレスラー。ニックネームは動くアルプス。身長205cm〔Primo Carnera was high in the prime of his boxe activities 205 cm and weighing about 120 kg. When he did the fight, in the end 50 years, his stature was reduced by 2-3 cm. These data are reported by specialist magazines boxing of 30 years (including ''il pugilatore'', Italian magazine of the period). In the broadcast television : "Il musichiere" with Mario Riva declared himself at the end of 50 years who he was became 202 cm. 〕。体重120kg〔Cyber Boxing Zone - Primo Carnera 〕。 ニコライ・ワルーエフが世界ヘビー級王座を獲得するまで、「史上最も体重の重いヘビー級チャンピオン」であった。 == 来歴 == 1928年にレオン・シーのスカウトでプロボクサー入り〔『'88プロレスオールスターSUPERカタログ』P105(1988年、日本スポーツ出版社)〕。 1933年6月29日、ジャック・シャーキーに6回KO勝ちして世界ヘビー級王座を獲得。 1934年6月14日、3度目の防衛戦でマックス・ベアに11回TKO負けを喫し王座から陥落した。 1941年にプロレスラーに転向し、1948年7月8日にはフランク・セクストンの持つAWAボストン世界ヘビー級王座に挑戦し引き分ける。 1950年ごろ、サンダー・ザボーと組んでNWA世界タッグ王座(サンフランシスコ版)を奪取。 1952年3月8日にはボストンにてルー・テーズの持つNWA世界ヘビー級王座に挑戦。 1954年7月17日にはフレッド・ブラッシーの持つNWA南部ヘビー級王座(ジョージア版)に挑戦。 1955年には日本プロレスに来日して力道山と対戦している、4月27日には レオ・ノメリーニの持つNWA世界ヘビー級王座に再挑戦、5月10日にはタッグでキンジ渋谷と対戦。 1956年11月28日にはロサンゼルスでボボ・ブラジルと組んでNWAインターナショナルTVタッグ王座(ロサンゼルス版)を奪取。 1957年には世界ヘビー級王座(ヨーロッパ版)(ジョージ・ハッケンシュミットが捲いたベルト)を奪取。 1959年3月11日にはハワイでNWAハワイヘビー級王座に挑戦。 1961年5月12日シカゴにてバディ・ロジャースの持つNWA USヘビー級王座に挑戦、8月22日にはフレッド・ブラッシーの持つWWA世界ヘビー級王座に挑戦、翌年の1962年2月22日にも再戦。 バッド・シュールバーグの小説「殴られる男」は、カルネラをモデルに書かれた〔Sports Graphic Number 736号 2009年9月17日 110頁〕。後にマーク・ロブソン監督、ハンフリー・ボガート主演で映画化された。 1963年、引退〔。 1990年には世界ボクシング殿堂入り。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「プリモ・カルネラ」の詳細全文を読む
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