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ベニグノ・ラモス
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ベニグノ・ラモス ベニグノ・ラモス(Benigno Ramos、1893年 - 1946年?)は、フィリピンのジャーナリスト・詩人。第二次世界大戦時にアメリカからのフィリピン完全独立のため、日本との協力を提唱した。 ==来歴==
===独立運動への参加とマニュエル・ケソンとの政争=== ブラカン州で教育を受けたラモスは、同州で教師となった〔David R. Sturtevant, 'Sakdalsim and Philippine Radicalism', '':en:Journal of Asian Studies'', Vol. 21, No. 2. (Feb., 1962), p.201〕 のち、マニラに居を移して官途に就き、1928年までに元老院職員として昇進した。その後アメリカからの即時独立を主張するナショナリスタ党に賛同し、同党内で頭角を現していた政治家マニュエル・ケソンと親しくなるが、1930年首都で行われた教師による山猫ストをめぐって両者は対立、ラモスは党を去った。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ベニグノ・ラモス」の詳細全文を読む
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