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ホセ・ムヒカ : ウィキペディア日本語版
ホセ・ムヒカ

ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ(, 1935年5月20日 - )はウルグアイ左翼政治家
2009年11月にウルグアイ大統領選挙に当選し、2010年3月1日より2015年2月末まで、同国の第40代大統領を務めた。バスク系ウルグアイ人
愛称はエル・ペペ。給与の大部分を財団に寄付し、月1000ドル強で生活しており、その質素な暮らしから「世界で最も貧しい大統領」としても知られている。
== 経歴 ==
祖先はヨーロッパにあるバスク地方ビスカヤ・出身であり〔Mujica paseará por Muxika, la tierra de sus antepasados , Diario La República, 2013年6月2日〕〔Mujica recibió las llaves de la ciudad de Muxika , Diario La República, 2013年6月2日〕、1840年にウルグアイに渡った。ホセ・ムヒカは1935年にウルグアイの首都モンテビデオの貧困家庭に生まれた。家畜の世話や花売りなどで家計を助けながらも、1960年代に入って極左都市ゲリラ組織ツパマロスに加入、ゲリラ活動に従事する。ツパマロスと治安組織の抗争の激化、労働組合や職人組合の政治経済への反発といった時代のもと数々の襲撃、誘拐にたずさわる中で、ムヒカは6発の銃弾を受け、4度の逮捕(そのうち2回は脱獄)を経験する。1972年に逮捕された際には、軍事政権が終わるまで13年近く収監されており、軍事政権側の人質として扱われていた。他の「人質」としては、のちに上院議員となるエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロや、ツパマロスの創設者ラウル・センディックなどがいる。
出所後ゲリラ仲間と左派政治団体を結成する。1995年の下院議員選挙で初当選を果たす。2005年にウルグアイ東方共和国初の左派政権となる拡大戦線タバレ・バスケス大統領の下で農牧水産相として初入閣。そして2009年度の大統領選挙戦で、元大統領である国民党公認候補ルイス・アルベルト・ラカジェを決選投票で破り勝利した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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