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ボサノヴァ(、 ボッサ・ノーヴァ)は、ブラジル音楽の様式(ジャンル)のひとつである。ボサノバと表記されることも多い。 == 概要 == の とはポルトガル語で「新しい」、 とは「隆起、こぶ」を意味する。したがって とは「新しい傾向」「新しい感覚」などという意味になる〔一般的な「新しい傾向」という意味ではなく、特定の時期の音楽について呼ばれる。このため、新しくなくなってもボサノヴァである〕。なお という語は、すでに1930〜1940年代に黒人サンビスタなどがサンバ音楽に関する俗語として、他とは違った独特な質感をもつ作品を作る人に対して「あいつのサンバにゃボサがある」などと使い、それらの楽曲を などと呼んでいた。 1950年代後半、リオデジャネイロのコパカバーナやイパネマ(Ipanema)といった海岸地区に住む中産階級の学生やミュージシャンたちによって生み出された。ブラジルでのヒットのきっかけは1958年にアントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・ジ・モラエス作詞、ジョアン・ジルベルト歌・ギターによる“”(シェーガ・ジ・サウダージ、邦題:想いあふれて)のシングルレコードによってである。ただしこの時点ではボッサ・ノヴァという呼び名はまだ生まれていなかった。 サンバやショーロをはじめとするブラジルの伝統的な大衆音楽、特にサンバ・カンサゥン () を基に、中産階級の若者たちの求めていた心地よく洗練されたサウンド、「新しい感覚」のサンバとして成立した。ボサ・ノヴァをジャズの一種と見るなどさまざまな見方もあるが、少なくとも本来のボサ・ノヴァはサンバの一種であると定義される。その出現はブラジルのポピュラー音楽に大革命を起こし、その後世界中の音楽シーンに大きな影響をあたえた。 なお一口にボサ・ノヴァといってもミュージシャンによってその作風は多様で、例えば公的には上記1958年の“”がボサ・ノヴァ第1号といわれるが、それより以前の1953年、ジョビン&ヴィニシウス作品でジョニー・アルフが歌った“”(和題:心優しい青年)を真のボサ・ノヴァ第1号とする説もある。アルフの場合はジャズに影響された作風を持っているのが特徴で、ジョアン・ジルベルトなどとは明らかにスタイルが異なっていることが理解できる。 1964年にブラジルにおいてカステロ・ブランコ大統領による軍事政権が誕生すると、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルなどのトロピカリア・ムーブメントなどにより、愛や自然を歌うものから体制を批判するものに変化していった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ボサノヴァ」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Bossa nova 」があります。 スポンサード リンク
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