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ボルジア家( 、バレンシア語: 、 )は、スペイン・アラゴン王国の(現アラゴン州サラゴサ県の町)に由来する家名を持ち、バレンシアを発祥とする、15・16世紀にイタリアで繁栄した貴族の家系である。 その一族にはローマ教皇カリストゥス3世、アレクサンデル6世、ロマーニャ公爵にして教会軍総司令官チェーザレ・ボルジア、フェラーラ公妃ルクレツィア・ボルジア、スクイッラーチェ領主ホフレ・ボルジアらがいる。 アレクサンデル6世の息子フアン・ボルジアの系統にあたるガンディア公家は1748年に断絶した。ガンディア公家からはイエズス会の第3代総長フランシスコ・ボルハが出ている。スクイッラーチェ侯家はボルジア家の子孫である。今日、ボルジア家を名乗る家系には、ボルジア・デ・ミラ家、ボルジア=ランソル家、ボルジア=マトゥッツィ家があり、これらはボルジア家の女系にあたる。 なお、日本では慣習的に「ボルジア」の表記が用いられているが、実際には「ボルジャ」の表記の方がよりイタリア語の原音に近い。 == ボルジア家のイメージ == アレクサンデル6世は世俗化した教皇の代表的存在であり、(本来なら持つべきではない)息子のチェーザレや娘のルクレツィアを使って政治的な辣腕を振るい、一族の繁栄と教皇領の軍事的自立に精力を注いだ。これによって、ボルジアの名前は好色さ、強欲さ、残忍さ、冷酷さなどを代表するものとなった。カンタレラと呼ばれるボルジア家独特の猛毒を用いて政敵を次々に毒殺した、チェーザレとルクレツィアは近親姦の関係であったなどの噂が付きまとっている。 このような悪いイメージはヨーロッパでは根強く、文学作品や映画等でしばしば言及されている。例えば、映画「第三の男」では、「ボルジア家の悪政はルネッサンスを生んだが、スイスの平和は鳩時計を産んだだけだ」との台詞が登場するし、『ゴッドファーザー Part III』ではバチカンの老獪なやり方に苛立った主人公が「ボルジャめ!」と吐き捨てるシーンがあったり、『モンテ・クリスト伯』の宝物は、ボルジア家に暗殺されたローマの枢機卿が隠したものとされている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ボルジア家」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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