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ボン合意(ボンごうい、)は、アフガニスタン戦争における大規模戦闘が収束に向かいはじめた2001年11月、国際連合がドイツのボンで招集したアフガニスタンにおける和平と復興推進のための国際会議(ボン会議、)において、2001年12月5日に締結された政治的なロードマップ合意の名称〔。 ;ボン協定 :一、参加者はアフガニスタンにおける悲劇的な争いを終え、国民の和解、恒久平和、人権尊重を促進する決意をした。 :二、暫定政権に権力委譲するラバニ大統領に敬意を表し、暫定政権は一二月二二日に発足する。 :三、暫定政権は暫定行政機構、最高裁判所、ローヤ・ジルカ(国民大会議)、招集委員会の三つで構成される。 :四、行政機構には議長一名、副議長五名を置き、計三〇名で構成され、女性参加も考慮する。 :五、ローヤ・ジルカ招集委員会は二一名で構成し、緊急ローヤ・ジルカの招集方法を決定する。なお、緊急ローヤ・ジルカは暫定政権発足後6ヶ月以内に招集、ザーヒル・シャー元国王が開会を宣言する。 :六、緊急ローヤ・ジルカは正式政権発足までの移行政権を選出し、移行政権発足後一八ヶ月以内に正式のローヤジルカを招集する。 :七、移行政権は憲法起草委員会を創設、正式のローヤ・ジルカが憲法を制定する。 :八、移行政権は人道に反する罪を犯した者に恩赦を与えない。 :(付属文書) :一、治安維持のため、多国籍軍がカーブルに展開、順次主要都市に拡大する。 :二、国連は暫定政権を支持し、国際社会へも支援を要請する。政権運営に支障が生じた場合は仲介にあたる。 *前田耕作・山根聡『アフガニスタン史』河出書房新社 2002年 ISBN 978-4-309-22392-6 222ページより 〕 == 背景 == アフガニスタンを支配していたターリバーンは有志連合諸国および北部同盟の攻撃を受け、退潮しつつあった。しかし、北部同盟構成勢力やその他の武装勢力はかつて互いに争った経緯があり、国土も荒廃していた。 国際連合安全保障理事会は以前からの安保理国連決議によってアフガニスタンの主権、独立、領土保全及び国の一体性に強く関与することが確認されており、アフガニスタン和平・復興でも国連が主導的な役割を担うことになった。10月にはラハダール・ブラヒミがアフガニスタン担当の国連事務総長特別代表に就任し、国連のアフガニスタンにおける人道・人権および政治活動に関する全般的な権限を持つこととなった。 2001年11月13日、米軍の支援を受けた北部同盟軍は首都カーブル入りし、アフガニスタンを支配する気配を見せた。国連は少数民族主体で軍閥の集まりである北部同盟がアフガニスタンを支配するとなると新たな内戦、無秩序状態になることをおそれ、より民族的にもバランスの取れた暫定政権を早急に樹立する必要に迫られ、急遽、そのための会議を開催することとなった。これがボン会合の開催の発端である〔進藤雄介『アフガニスタン祖国平和の夢』朱鳥社、2004年、80-83頁、ISBN 4-434-05210-1 〕。 2001年11月14日には国際連合安全保障理事会決議1378が採択され、ターリバーンに代わる新政府の設立および、「アフガニスタンの共同戦線を構成する代表」を集めた緊急会議の開催を支持した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ボン合意」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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