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ポウハタン酋長(ポウハタンしゅうちょう、''ワフンセナカウ''、または''ワフンスナコック''、1545年6月17日頃-1618年頃)は、ポウハタン族インディアンの酋長〔"Writers' Guide" Virginia Council on Indians, Commonwealth of Virginia, 2009〕。 == 人物 == この酋長の名前として用いられている「ポウハタン」は、元々この酋長が住んでいた集落の一つの名前であり、その集落は現在のバージニア州リッチモンド市東端にあった。また隣接する川、現在のジェームズ川の名前でもあった。バージニア海岸部の部族の大半との同盟で強力な連邦を築いた働きに鑑み、「ポウハタン」を名のった。 また名前の発音であるが、17世紀の英語は綴り方が標準化されていなかったため、ポウハタン族の話すアルゴンキン語を音表現するとき、同じ言葉が様々な綴り方で表現されて混乱を招いた。初期の植民請負人だったジョン・スミスによる、1622年以降の報告書の中では、多くのバリエーションが使われている。 * 場所、ポウハタン : * Powhatan、Powatan、Powhaten、Pohetan、Powhattan、Poughwaton, * 表現、ウェロアンス(酋長?) : *weroance, weeroance, wyrounce, wyrounnces, werowance, wyroance, werowans * 名前、 ワフンスナコック : *Wahunsunacock, Wahunsenasawk, Wahunsenacawh, Wahunsenacock * 称号、ママナトウィック(卓越した、あるいは偉大な、酋長) : *Mamanatowick, Mamauatonick 19世紀の著作家チャールズ・ダドリー・ワーナーは、ポカホンタスに関するその随筆の中でスミスの報告書を基に、「1618年、偉大なるポウハタンは天寿を全うし、“戦いと人生の野蛮な喜びに満足して”死んだ。彼は多くの名前と称号を持っていた。部族の者達は時として『オッタニアック』と呼び、時として『ママウアトニック』と呼んだが、彼の前では大抵『ワフンセナソウク』と呼んだ。」と蔑視と偏見も露わにこの酋長の名を推測している。 ジョン・スミスは『バージニアで起こった事件や事故と、それらに関する真実』の中で、ポウハタン酋長について次のように記述している。 インディアンを蔑視も露わに「裸の野蛮人(naked savage)」と称しているジョン・スミスは、この文章の中でポウハタン酋長を「皇帝」と呼んでいるが、これはインディアンの社会システムをまったく理解していないスミスの思い込み、勘違いである。ポウハタンの社会は「ロングハウス」を議会中心とした合議制であり、独任制の「首長」や「王」は存在しない。そもそもインディアンの酋長は部族の「調停役」であり、「階級」など存在しない。火の両側に酋長が並んでいるのはロングハウスで連座の合議を行っているからである。 ノーマン・ウッドはその著書『有名な酋長の生活』(1906年)の中で、初期の入植時のイギリス人の報告を基に、この酋長について説明している。それは「背が高く、均整が取れており、提唱者の外観がある。頭は幾らか灰色で、髭は薄くて無いように見える。歳は60歳近い、大変有能で逞しい体をしており、いかなる労働にも耐えられる。」というものである。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ポウハタン酋長」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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