|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。
ポリュネイケース(, )は、ギリシア神話に登場する人物である。長母音を省略してポリュネイケスとも表記する。テーバイ攻めの七将の一人。 テーバイ王オイディプースとイオカステーの息子。母親については、ヒュペルパースの娘エウリュガネイアであるとする説もある。兄弟姉妹にエテオクレース、アンティゴネー、イスメーネーがある。ポリュネイケースはアドラストスの娘アルゲイアーと結婚し、息子にテルサンドロスがある。 ポリュネイケースの名は「多くの争いを引き起こす者」という意味であり、アイスキュロスのギリシア悲劇『テーバイ攻めの七将』では、エテオクレース(「真の名誉を持つ者」)の英雄性との対比から厭うべき存在として描かれている。 == 神話 == === オイディプースの呪い === オイディプースが出自を知ってテーバイを追放されたとき、ポリュネイケースとエテオクレースの兄弟は父親を庇おうとしなかった。オイディプースは二人に「互いに剣によってわが物を奪い合うがよい」と呪いをかけた〔別の説では、オイディプースがクレオーンまたは二人の息子にテーバイの牢内に押し込められたとき、オイディプースは自ら王侯扱いの食事を断ったにもかかわらず、二人の息子が豪華な食事と飲み物を供したため、これを嘲弄と受け取って二人を呪ったという。また、息子たち二人が生け贄の肉のよい部分でなく、まずい足の部分をオイディプースに送ってよこしたので、無礼を怒って再び二人を呪ったもいう。このようなことから、オイディプースが城を追い出されるとき、二人は目に涙一つ浮かべずにいたのである。〕。 エテオクレースとポリュネイケースはテーバイの王権について協議し、二人が一年ごとに交互に治めることを取り決めた。まずポリュネイケースが初めに治め、翌年エテオクレースに王権を渡したとも、一説にはエテオクレースが初めに治めたとする。いずれにせよ、エテオクレースは1年が経っても王権を渡そうとせず、ポリュネイケースはテーバイを追われた。ポリュネイケースはハルモニアーの首飾りと結婚衣装を携えてアルゴスに逃れた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ポリュネイケース」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Polynices 」があります。 スポンサード リンク
|