翻訳と辞書
Words near each other
・ マイク・ジョージ
・ マイク・ジョーンズ
・ マイク・ジョーンズ (サッカー審判員)
・ マイク・ジョーンズ (プロボクサー)
・ マイク・ジョーンズ (プロレスラー)
・ マイク・スウィック
・ マイク・スウィニー
・ マイク・スウィーニー
・ マイク・スウェイン
・ マイク・スキナー
マイク・スクワイアーズ
・ マイク・スコット
・ マイク・スコット (バスケットボール)
・ マイク・スコーシア
・ マイク・スタントン
・ マイク・スタントン (右投手)
・ マイク・スタントン (外野手)
・ マイク・スタントン (左投手)
・ マイク・スター
・ マイク・スターン


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

マイク・スクワイアーズ : ミニ英和和英辞書
マイク・スクワイアーズ[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

マイク・スクワイアーズ : ウィキペディア日本語版
マイク・スクワイアーズ[ちょうおん]

マイク・スクワイアーズ(Michael Lynn Squires 、1952年3月5日 - )は、主に1970〜1980年代に活躍した元プロ野球選手。ポジションは、一塁手アメリカ合衆国ミシガン州カラマズー生まれ。左投げ左打ち。ニックネームは"Spanky"(スパンキー)。シカゴ・ホワイトソックスで主に一塁手として活躍したが、左投げは不向きとされる『三塁手』と『捕手』の両方のポジションを守った珍しい記録を持っている。
== 来歴・人物 ==
1973年にドラフト指名でシカゴ・ホワイトソックスに入団し、1975年にメジャーデビューを果たす。1976,1977年はほとんどマイナーリーグで過ごし、レギュラーとして出場したのは1979年から1983年までの間だった。打率は毎年.260から.270くらいで長打のある打者ではなかったが、その守備の巧さを当時の監督トニー・ラルーサに評価されていた。後述の珍しい守備記録も、ラルーサの采配のもとで生まれたものである。
スクワイアーズは一塁手として9シーズンでおよそ700試合に出場しているが、通算での失策はわずか23だった。1981年には、88試合の出場だったがアメリカンリーグの一塁手としてゴールドグラブ賞を受賞している。
スクワイアーズが初めて捕手のポジションを守ったのは、1980年5月4日の対ブルワーズ戦のことである。ホワイトソックスが11-1と大量リードされた試合の最終回だったが、これは1958年のデール・ロング以来となる22年ぶりの『左投げ捕手』の出場記録となった。この年スクワイアーズは捕手として2試合に出場した。〔メジャーリーグでの左投げ捕手の出場記録は、1989年に当時ピッツバーグ・パイレーツの選手だったベニー・ディステファーノが、3試合に出場したのが最後である。〕
1983年シーズンは打率.222と打撃不振になり、その後は守備の交代要員としての出場が多くなった。1983年の8月23日の試合では、今度はスクワイアーズが三塁のポジションを守った。これはメジャーリーグ史上、少なくとも50年ぶり(それ以前の試合記録に欠落があり、特定できていない)となる『左投げ三塁手』の出場となった。1984年には一塁手だけでなく、三塁手で13試合(4試合先発)、外野手として3試合に出場、また同年1アウトだけだが投手としての出場もある。一塁以外のポジションでの失策は結局一度もなかった。
1985年シーズン前に一度ホワイトソックスを離れたが、9月に再度契約し2試合に出場したのが選手としての最後のキャリアである。引退後1989年から3年間トロント・ブルージェイズ、1992年に1年間ホワイトソックスのコーチを務めている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マイク・スクワイアーズ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.