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マイク・マティアヴィッチ : ミニ英和和英辞書
マイク・マティアヴィッチ
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


マイク・マティアヴィッチ ( リダイレクト:マイク・マティアビッチ ) : ウィキペディア日本語版
マイク・マティアビッチ

マイク・マティアビッチ (Mike Matijevic、1964年11月29日 - )は、クロアチア出身のミュージシャンであり、アメリカのハードロックバンドスチールハート(Steelheart)」のボーカリスト。
非常に広い声域、高い歌唱力を持ち、Steelheartの多くの楽曲の作詞作曲を手がけるリーダー。
クロアチアに生まれ、7歳の時に家族と共にコネチカット州グリニッジに移住。
9歳の時には地元に聖歌隊に参加する。11歳でレッド・ツェッペリンと出会い、兄と「Teazer」という名のバンドを結成する。
このバンドではレッド・ツェッペリン、ブラック・サバスのカヴァーや、オリジナル曲の演奏をしていたという。13歳の時には4ヵ月間ほどヴォーカル・レッスンを受ける。
その後「Teazer」は解散となり、15歳の時に「The Mission」に加入。
その後はギタリストのクリス・リゾーラを中心に活動していたバンド、「Red Alert」に加入。
熱心な活動を続け数年、MCAレコードとの契約を結ぶことに成功し、1990年にアルバム「Steelheart」でレコードデビューを果たす。(「Red Alert」というバンド名はMCAとの契約時に、「他に使用しているバンドが存在する」という理由で、「Steelheart」と改められる。)
2ndアルバム「Tangled in Rains」発売後の1992年、コロラド州デンバーでのライブ中にマティアビッチはステージ上の照明器具にパフォーマンスとしてよじ登ろうとしたが、器具は適切な固定が成されておらず、その結果器具はマティアビッチの上に落下し、頭蓋骨、鼻、頬骨、顎、そして背骨を骨折するという大事故となった。また、一時的な記憶喪失にも陥った。
九死に一生を得たマティアビッチは、リハビリの末に1996年にアルバム「Wait」で復帰。
2001年には映画ロック・スター用に特別結成されたバンド、スティール・ドラゴン(Steel Dragon)にボーカリストとして参加。
ギターにザック・ワイルドニック・カトネーゼ、ベースにジェフ・ピルソン、ドラムにジェイソン・ボーナムという豪華なバンドであった。
2006年にSteelheartを再始動し、以後精力的なライブ活動を展開している。
2008年にはSteelheartとしての新アルバム、2B Alive を発売。
今ではバンドの殆どのビジネスを手がけ、STEELHEART Studio、STEELHEART TV、STEELHEART Wear、そしてSTEELHEART Recordsまで立ち上げいる。
現在は出生名であるミリェンコ・マティアビッチ(Miljenko Matijevic)を名乗っており、「Mili」の愛称で親しまれている。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マイク・マティアビッチ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Miljenko Matijevic 」があります。




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